弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(14)
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「鳴子ォォ!もっともっと!ハンドル引け!足踏み込め!」


夏休みに入っても出勤している教師を見つけては車を出させる明良は、今日もメガホン無しに窓から顔を出して声を上げる。


「後ろから今泉くん来てるよ!スプリンターでしょ!スピードマンなんでしょ!追いつかれたらバイク取り上げて筋トレ5倍!」

「イヤっすーーー!!!」


必死にペダルを回して今泉から距離を取る鳴子に、後ろからは2分遅れでスタートした田所が追いついてきていた。身を乗り出して叫ぶ明良を見て田所の口端が上がる。巻島とのことを聞いて少しばかりの悔しさがあったが、それにも勝る嬉しさは彼のやる気にも火をつけていた。


「ほら!田所も来てんじゃん!そんなもんなの鳴子!」

「ちゃいます!真滝センパイが見てくれとんのにワイが負けるわけないっすわ!」


車体を揺らしてケイデンスが上がった鳴子を見て、明良はタイム表を確認する。ストップウォッチへもチラリと目をやれば昨日よりも縮まったそれに運転席の教師の肩をバシバシ叩いた。


「先生今日の鳴子すごいですよ!」

「授業中もあれくらい必死でいてほしい」


呆れて笑う教師から鳴子の授業態度が垣間見れた気がした明良はフワリと笑んでまた声を張り上げる。正門坂へ入ったところから選手達を追い抜いて先頭へ出た車からすぐに降りた明良は、校門付近でケアスタンバイしている幹へ飛びついた。


「ミキちゃんミキちゃん!今日の鳴子すごいよ!」

「明良さんが応援してますからね」

「それにしてもスゴイ!」


笑顔で返す幹に明良は興奮気味に言葉を返す。サンバイザーの下から見える明良の表情を見た幹は、満面の笑顔で敬愛する先輩の顔の汗を拭った。


「熱いんですから帽子被ってください」

「あ、飛ばされると思って取っちゃったんだった、先生ー!」


忙しなく動く明良に幹は苦笑を洩らすも、笑っている彼女を見て部の調子が良いことがわかる。今日も誰かの朝練に付き合ったのだろうと明良の身体を心配していた幹だったが、前以上に変に巻島が気にかけていることもあり2人の関係に気が付きつつあった。


「鳴子、おつかれさま」

「足チギれるか思いましたわ」


荒い呼吸で校門へ背を預ける鳴子のピナレロを支え、明良はタオルを頭からかける。次々と戻って来る選手達へ幹と明良が駆け寄り、調子を聞いてメモを取る。追い抜いた選手のいつもと違った点や気になるところをデータとして残し2人でミーティングを行うのだ。自転車フリークの彼女達だからこそ選手のケアに長けていた。


「真滝センパイ、どないでした」

「うん、ちょっと回し方変わったなって思ったけどスピードも上がってるし良い調子だと思う。別で何かやってるの?」

「え、いや、秘密です!」

「秘密の自主練?スキ、そういうの」


語尾にハートマークが付きそうな明良の声に鳴子の胸が早鐘を打つ。「インハイが楽しみだね」と満面の笑みを浮かべる彼女に鳴子は小さく短い返事しか返せなかった。


「ガハハハ!オラ、赤マメツブ!明良がコーナリングが甘ェつってたぞ」

「わかっとりますわ、しっかり練習します」


極端に磨り減ったタイヤを見て田所が微笑を浮かべる。明良にも内緒にしているということは彼女にも進化した姿を見て欲しいのだろうと容易にわかる。全く素直で真っ直ぐな後輩に、田所はさらに気分が良かった。







「明良、」

「今日金城からマッサージするね」

「無理はするなよ」

「無理なんてしません」


直後に鳴った携帯を耳にあてればすぐに笑顔になる明良は跳ねるように会話をする。電話の相手は従兄弟である泉田塔一郎だ。金城の眉間に皺が寄るも、敵校だから馴れ合うななどと言えるはずもない。身内、親戚なのだ。明良が情報を洩らすようなことは無いとわかっているが、良い気分ではなかった。


「東堂くんが?」

『うん、夏の箱根を案内したいとか言ってるんだけど来れる?』

「夏の箱根って……インハイは夏の箱根じゃん」

『インハイはゆっくり出来ないだろうから、どう?』

「どうって、ハコガク部活は?」

『一斉メンテナンスで今度の日曜午後は部活休みなんだ、総北は?』

「もちろん練習」

『じゃあそっちに行くかも』

「え」

『それじゃあ』


一方的に切れた電話に明良は目を丸くするばかりで、そこから少し離れた場所では丁度巻島が電話に出たところだった。


『巻ちゃん、来週の日曜はヒマか?』

「練習」

『じゃあ明良ちゃんは』

「だから部活あるって言ってるショ」

『たまには彼女も休ませてやったらどうだ』

「……お前なにが言いたい?」

『明良ちゃんと遊びたい!』

「させるか!」


東堂の電話を乱暴に切った巻島はこめかみの血管を震わせて明良を見遣る。ポカンと開いた口を金城に指摘された彼女は「なんでもない」と彼の自転車を押しながら頬を掻いた。田所の言葉を思い出す巻島は小さな溜息をひとつ吐いて困ったような笑みを浮かべる。明良の気持ちに気付いているという金城がそれでもなお彼女から手を引かないことは巻島にとって脅威なのだ。絶対に諦めない男だとわかっているからこそ溜息が洩れる。部内にも気を張らねばならないというのに他校の連中にまで彼女と過ごされれば不安でしかない。明良のような女がどうして自分を好きなのかと未だに不思議だと感じる巻島は、セミの声にかき消されるくらい小さく唸った。





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