弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(10)
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「クハッ、早っや」


明良が心配で目が覚めた巻島は、綺麗に畳まれた布団を見てお目当ての姿を確認することは出来なかった。
外へ出てみれば既に用意されている大量のボトルとアイスケース。その隣にある練習中監督が座っている椅子に、タオルを顔から被った明良が足を伸ばして腰掛けていた。


「こんなとこで寝るなっショ」


タオルを持ち上げれば明良は閉じていた目をゆっくり開ける。巻島に視線を合わせた彼女は、スッと立ち上がって入れ替わるように彼をそこへ座らせた。


「は?」

「マッサージさせて」

「ダメっショ、この合宿でお前のマッサージはインターバル中以外禁止」

「なんでよ」

「そりゃ……ショォ」


お前に休憩させるため、などと素直に言えない巻島は明良から目を逸らして頬をかく。しゅんと小さくなった彼女を見て昨晩の金城との会話を思い出し、小さく溜息を吐いて頭を撫でた。


「自分のこといらねーんじゃないかとか思ってるっショ」


ギクリ、明良の身体が強張る。あからさまなそれを見て巻島が笑うと、ムッとした表情で彼女は見返した。


「うるさいな」

「うるさくはないっショ」

「だって、結果が、」

「手嶋と青八木ねェ、前にお前のこと鬼コーチっつってたっショ」

「お、に、」

「でもな、頑張った後に笑ってくれんのが楽しみだって、おつかれって言ってくれるお前の笑顔があればどんだけでも頑張れるって」

「笑顔、」

「総北自転車部思ってることはみんな一緒だ、お前が笑ってりゃペダルが回る」


だから笑え。巻島の言葉が明良の胸に刺さる。


「ねえ巻島、私……昨日手嶋と青八木にちゃんと笑えてた?」

「いーや全然、まったく、これっぽっちも。泣いて顔グチャってたっショ」


最高のブスだった、と巻島が付け足せば、「ははっ」と短く笑った明良が瞬時に走り出す。


「最高の、……ショ」


背中を見送る巻島の呟きは、降り始めた雨の音に簡単に掻き消された。



:::



「手嶋!青八木!」


前日にケア出来なかった自転車をメンテナンスしていた手嶋と青八木のもとに、息を切らしながら走ってきた明良が大声で名前を叫んだ。


「明良、さん」


驚きを見せる手嶋と青八木のもとへ近付き頭を下げた明良に、二人はさらに驚愕の表情になる。「えっ、えぇ、」とアタフタする彼等に、明良は頭を上げることなく口を開いた。


「肉離れだしマッサージは出来ないけど、二人の顔見たくなったから来た」

「顔、って……」

「泣いちゃってごめん、サポートするって言ったのに、私全然出来てなかった」


昨日とは違う、明良の強い声が二人の耳に届く。目を見合わせて笑い合った後、青八木が明良の肩に触れて顔を上げるよう促した。


「謝るなって言ったの、明良さんですよ」


苦笑しながら言う手嶋に、明良は「うっ」と顔を歪める。


「笑ってください、俺達は田所さんの……インターハイメンバーを全力で支えると決めました」


悔しいのはありますけど、と付け足した手嶋は、明良に手を差し出して続けた。


「明良さんと一緒に、全力で選手のサポートに尽くします。足もこんななんで暫く自転車には乗れませんが、その代わりしっかりメカと身体のケアをします。明良さんの負担が軽くなるように、今度はあなたのサポートもさせてください」

──今までずっと頼りっぱなしだった。自分達のことばかりに必死になって、彼女の休む時間を作っていなかった気がする。チーム二人、全力を出して1年に負けた。俺達に勝ったアイツらに、インターハイでも勝ってもらわなくちゃいけない。去年のような明良さんを、俺達はもう見たくないんだ。


「笑ってください、明良さん」


青八木が静かに放った言葉が、明良を満面の笑みに変えた。





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