弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(3)
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「今日滑り込んできた3名には気の毒なことだが前から決まっていたことだ。準備時間は40分、1年生対抗、ウエルカムレースを開催する」


新入部員3名を加えた1年生と金城が対峙している部室では、毎年恒例行事の説明が行われていた。キョロキョロと辺りを見渡す幹に気付いた田所が声をかけると、「明良さんと巻島さんは、」と言いかけたところで外から言い合う声が聞こえてくる。溜息を吐いた金城の後ろでは、田所と幹が苦笑を洩らしていた。


「巻島の効率が悪いんだって」

「明良がトロイっつーの、モップになんで5分もかかるんショ」

「誰かさんがギャーギャー煩いから!」

「それ関係ねーっショ!」

「ある!」

「ねーっショ!」


ガラリと開いた扉には緑色と真っ黒の髪が睨み合っていて、シンとしている部室に気が付いた明良は勢い良く頭を下げた。


「すみません遅れました掃除してました」

「ああ、事前に聞いていたから頭は下げんでもいいぞ明良」

「ごめん金城、……あんたも頭下げろよマキシマム」

「頭下げんでいいって今言われたばっかっショ、つーかマキシマムって悪口になってねーかんな、ちょっとカッコいいっショ」

「たしかにロックバンドにいそうじゃん、くそっ、カッコいい……!」

「……さっさとどこかで着替えて来い」


ニヤけている巻島と頭を抱えて自分の発言に悔しがる明良に、金城は呆れながら声をかけた。


「行こうマキシマム、金城がもう胸で寝かせてくれなくなる」

「っショォ、カッコいい方で呼んでくれんのか。つーか金城の胸ではもう寝んな」


忽ち居なくなった2人に溜息を吐いた金城を前にし、一番最初に口を開いたのは1年の杉元だった。


「な、なんか台風みたいな人達でしたね」


開いた口が塞がらない状態の小野田の隣では鳴子がワナワナと震えており、両拳を力強く握ったかと思えば勢いよく壁に手をつき明良と巻島が走って行った方向を入口から顔を出して眺めながら叫んだ。


「めちゃめちゃ美人やないかー!え、部長さん、あの人何なん?自転車部のマネージャーかいな、あんなんこの世におんねんな!」


ニヤリと口端を上げた金城はサングラスを押し上げて持っていたプリントから目を離す。丁度着替えて戻ってきた巻島を入口に控え、田所もベンチから立ち上がり、3年は異様なプレッシャーを放ちながら1年生を見下ろした。


「ああ、総北高校自転車競技部自慢のマネージャーだ。先に言っておくが手は出すなよ、2・3年全員を敵にまわすことになる」


不敵な笑みを浮かべる3年に対し、鳴子は「ほぉ」と挑戦的に笑う。人知れず眉を寄せた今泉も、睨むように金城を見ていた。


「まあ去年も同じこと主将が手嶋たちに言ってたけど無駄だったからな!ライバルが増えることにはもう驚かねーよ」


田所の言葉にフッと笑った金城だったが、サングラスの奥の目は鳴子よりも今泉に向けられているようだった。入部当初よりあきらかに明良への態度が変わった彼に対し、常日頃極力明良から目を離さないようにしている金城は確実にこの次期エースが彼女へ懐いていると確信している。パンパン、と仕切り直すために手を叩いたところで、話題の人物である明良が部室へと戻って来た。


「巻島、私も入りたい」


入り口に立っている巻島のジャージを後ろからくいくいと引っ張り、避けた彼を後ろに欠伸を噛み殺す。おぼつかない足取りで金城の隣へ立つと目の色を変え、並んだ1年生6人を見据えた。


「遅くなってすみません、初めましての方もいるので自己紹介させて下さい。総北高校自転車競技部マネージャー、3年の真滝明良です。全力で皆さんのサポートをさせていただきます、宜しくお願いします」


深々と頭を下げた明良に小野田はまたも口をポカンと開いたままで、川田、桜井、今泉はすぐに「しァす!」と頭を下げ返す。習うように杉元と鳴子もおずおずと頭を下げれば、威圧に立ち尽くしているのは小野田のみとなっていた。


「裏門坂で今泉くんと勝負してたメガネくんだね、ようこそ、自転車競技部へ」

「あ、あの、僕、しょ、初心者の、お、小野田坂道です、よ、よろしくおねぎゃいしみゃァす!」


てんてんてん、と数秒の沈黙を掻き消したのは明良で、くるりと振り返っては金城へと言葉を投げる。


「金城、小野田くんも私のこと警戒してんのかな」

「だからオーラがあると言っただろ」


ガハハハ!と高笑いする田所の隣へ移動していた巻島も「クハッ」と小さく笑い、微かに笑みを浮かべる金城と共に満足気にその光景を眺めていた。小野田の肩を何度か軽く叩いた後、明良は鳴子へと視線を移してニヤリと口端を吊り上げる。その目にやり返すような目を向けた鳴子も、同様に口は歪んだ弧を描いていた。


「キミ、赤いね、すっごく目立ってる」

「もっともっと目立って行きまっせ、見とってやぁ、真滝センパイ」

「ん、楽しみにしてる」


先輩から聞いた通りだね、と品定めは終了と言うかのごとく踵を返した明良の背を見ながら、杉元が「え、僕は?経験者の僕は?」とオロオロしている声はまんまと聞き流される。
爛々とした目で金城が持つプリントを覗き見る明良に、彼は見易いようにと少しだけ腕を下ろした。





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