「オラ、起きろ明良」 「んー」 「お前のお待ちかねのもう1人が来てるっショ」 いつも通りベンチで横になり頭までジャージを被って寝ていた明良を、手嶋と青八木がオロオロするくらい揺すっているのは田所だ。 「もう起きたっショ?」 身体を起こした明良の隣に座り乱暴に頭を撫でる巻島をキッと睨みつけたが、そのまま彼の肩へ頭を預ける姿はどうやら未だ覚醒していないらしい。 「まーた昨日夜更かししたんショ」 「お風呂でも寝てた」 「手ェしわっしわになったっショ」 コクン、と小さく頷いた明良を肩にした巻島は苦笑を浮かべながら今度は優しく頭を撫でる。腕にしがみ付いてきたことを良く思ったのか、巻島は「もうこのままでイイっショ」とバッグの中で鳴り出した携帯を開いた。 「良いわけねーだろ巻島ァ!」 もしもーし、と巻島が電話に出たところで田所が叫ぶ。相変わらずだなこの先輩達、と手嶋と青八木は目を見合わせて苦笑していた。 「東堂、今ちょっとジャマしないで欲しいショ」 「おい明良起きろお前のお待ちかね来てんぞ!」 『なに?!明良ちゃんがそこに居るのか?!』 巻島の電話の相手は箱根学年3年東堂尽八だ。田所の大声が端末へと入り、それにすぐに反応した声は巻島が携帯の電源を切るのに申し分なかった。 「お、明良起きた」 「はーい」 大音量に設定してある自らの携帯が鳴ったことで目を覚ました明良は、相手を確認せずに通話ボタンをタップする。 『明良ちゃん!そこに巻ちゃんがいるはずだ!変わってくれ!』 「巻島、東堂くん」 「俺が電源落とした意味っショ!てかなんでアイツ明良の番号知ってんだ!」 電源落とすとかヒドイ!と騒ぐ電話を受け取った巻島は極力明良の声が入らないようにと席を立ち、部室の隅へ行って「うるせーっショ」と呆れながら応答する。漸く覚醒した明良は両手首のテーピングを確認して虚ろな目をしながら前に立つ田所へ視線を移した。 「あれ、田所、……もうそんな時間?」 「おう、金城はまだ来てねーがお前のお待ちかねは来てんぞ」 部室の扉の前に立っていたのは苦笑を浮かべる寒咲幹だ。「お久しぶりです、明良さん」と口を開いた幹に、明良はパッと目を輝かせて飛びついた。 「待ってた!待ってたよミキちゃん!」 マネ2人目!という明良の声は、避けていたというのに巻島が話す電話越しの相手には難なく届いていたようだ。 『巻ちゃん巻ちゃん、明良ちゃんに変わってくれ!』 「いや、お前なんの電話だったの」 『それはもう今聞いただろう!不調じゃないかどうかだ!』 「だったらもう用件は済んだっショ」 『いや明良ちゃんとも話したいのだ!!』 「……変わるわけないっショ」 『巻ちゃん?!』 「この番号すぐに消去しまーす。あとお前も明良の番号削除しろ、これ強制ショ、じゃ」 『あ、ちょっ、』 プツ、と切れた電話を慣れた手つきで操作して電話帳からすぐに"東堂くん"を削除した巻島は、未だ幹に抱きついたまま感動している明良へと近付いて首根っこを引っ張り上げた。 「え、ちょ、巻島?」 「東堂の番号なんていつ入れたんショ」 「あんたがこの前のヒルクライム優勝したとき」 「……簡単に教えんなヨ」 「なんで良いじゃん巻島には関係ない」 「あるっショ」 「ない」 「ある!」 「ない!」 ガルルル、と獣が睨み合うかのような2人に慣れた部員達は呆れたように溜息を吐く。ひとり豪快に笑っているのは田所だけで、その笑い声は外にまで響いていた。 「随分騒がしいな」 「金城!」 「なんだ明良、今日は起きるの早いな」 部室へ入ってきた金城の背中へ隠れた明良は巻島を睨みつけたまま小さくなる。後ろ手に渡されたメモを見て「了解!」と踵を返した彼女は風のようにその場を後にした。 「金城さん、おつかれさまです」 「おお寒咲、今日から宜しくな」 明良のサポートも頼む、と肩に手を置かれた幹は、「もちろんです」と笑顔で頷いた。 |