弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(1)
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今泉が自転車競技部へ入部届けを出した当日、初めて部室を訪れて扉と対峙しているところで後ろから声をかけたのは3年の田所と巻島だった。


「お、今泉」

「っ、ちわす、……俺のこと知ってんすか」

「当たり前っショ、裏門坂のメガネとの勝負も見てた」

「入部すんだろ、部室入んねーのか」

「勝手に入っていいものかと思いまして」

「ああ、もう主将もマネージャーもいるはずだ」


ガラリと扉を開けたのは田所で、その大きな身体は入口を塞ぐように固まってしまった。


「田所っち進まねーと俺ら入れないっショ」


巨体の隙間から覗くように中を見た巻島と今泉の目に入ったのは、ベンチに座るメガネをかけた金城が入部届けを確認しているところだった。それと、もう一人。


「おつかれさまです!」


後ろから既に入部している1年生が続々と部室前で足を止める。それを追い抜くように、2年の手嶋と青八木は部室入口で詰まっている田所へと足を進めた。


「一気に来たな」

「いやいやいや、金城なにしてるんショ」


平静の表情で入部届けから目を離した金城の胸には、ベンチにパイプ椅子を無理やりくっ付け、胸板に擦り寄るようにして明良が眠っていた。抱き締める形で入部届けを見ていた金城は軽く肩を揺らして彼女へと優しく声をかける。身を捩りながら「んー」と唸る明良から、掛けられていたジャージがパサリと床へ落ちた。


「明良、ホラ起きろ。1年も来たぞ」

「そんなんでコイツが起きるわけないだろ」


やっと入り口から動いた田所の後ろで1年生が目を大きくする。「え、マネージャーと主将ってそういう関係?」なんて驚愕の声も小声で上がっていた。後に続くように手嶋と青八木が部室へ入り、苦笑を浮かべながら明良へと視線を固定する。脇の下へ手を入れた田所が明良を軽々と持ち上げれば、温もりが無くなったことに目を開けた彼女は弱々しく「おはよー」とだけ声を発した。


「おはようございます、明良さん」

「あ、手嶋ー青八木ー今朝縮んでたねー」


田所に下ろされた明良は椅子の上でまだ船を漕いでいる。コクン、と一際大きく首が折れるのを見た巻島はしゃがみ込んで明良の顔を覗き見た。


「起きろ、いつまで寝てんショ」


グシャグシャと明良の頭を乱暴に撫でる巻島は呆れたように溜息を吐く。揺れる頭のお蔭で完全に覚醒した明良は、ぐいっと両腕を伸ばして背を反らせた。


「起きた」


乱れた髪を手櫛でなおしながら、明良は巻島を睨みつけて立ち上がる。そのまま金城の隣へ腰掛け、べー、と舌を出して歪めた顔を巻島へ向けてから拾われていたジャージの袖に腕を通した。


「金城、早く始めよ」

「おめーが起きるの待ってたっショ!」

「巻島がうるさい」

「おいコラ」


入口で固まったままの今泉に、田所はガハハハと高らかに笑って入るように促す。寝起きで首を回す明良を、今泉は怪訝な顔をして睨んでいた。


「今泉は今日から入部だが俺達と同じメニューだ。他の1年は通常メニュー、明良は今日誰を見る」

「田所」

「おっ、やっと俺の番かよ」


テーピングを手首と指に巻きなおしながら、明良は顔を上げずに金城に応える。ビンディングシューズへ履き替えていた巻島の小さな舌打ちは、誰にも聞き取られず田所の笑い声にかき消されていた。


「主将」

「なんだ」

「あのマネージャー、」

「ああ。明良、自己紹介くらい自分でしろ、今日から入部の……お前のお待ちかねだ」


急に目の色が変わった明良に見据えられ、今泉の眉間に皺が寄る。ずいっと目の前に立たれれば、後ろに立つ他の1年生も急に姿勢を正していた。


「3年、総北高校自転車競技部マネージャーの真滝明良です。よろしく、今泉俊輔くん」

「……俺のこと知ってんすか」

「もちろん、色んな大会出てたでしょ。ずーっと目ェ付けてたから。それと、裏門坂でのメガネくんとのレースも」


ニヤリと口端を上げた明良からは、今泉が感じたことのないプレッシャーを放たれていた。


「今日は田所見るけど、いつかは今泉くんも見せてね」

「見る?」

「車で追いかけるだけだから」


柔らかい声と表情からは簡単に読み取れない、そんなプレッシャー。後ろでピシリと姿勢良く直立していた桜井に目を移した明良は、笑顔でそちらへと足を進めていた。


「……主将、あの人がこの総北のマネージャーですか」

「ああ、そうだが……不満か?」

「さっきまで寝てましたよね」


千葉でもインターハイ常連校のこの部で、こんなにだらけた人間がマネージャーでいいものかと今泉は未だに明良を睨みつけていた。そのまま金城に声をかければ、微笑を浮かべて肩を軽く叩かれる。


「すぐにわかる」


自信に満ちたその表情を、今泉は疑問にしか思わなかった。





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