黒子のバスケ short

□偽り眠り姫(りーりーりー)
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「バカと天才は紙一重って言うよな」


扇風機を独占して我が物顔でベッドで横になる男に振り向きもせず、突然何を言い出すんだと溜息を吐いた。座椅子に腰を降ろして背を向けている私に話かけているのはわかるけれど、脈略の無い発言は後々面倒だなと思うことが多い。聞くだけ聞いて結局自己解決したりだとか、「やっぱりいい」と勝手に諦められたりするからだ。つい2日前も部活帰りだとわかる制服で空も暗くなった時間、珍しく真面目な顔して押しかけて来たかと思えば溜息を吐きながら「神様っていんのかな」なんて病んでるのかと心配になるような発言に頭を抱えそうになった。いつもは煩いくらいだというのに時々変なことを言って私を困らせる。無視すれば良いのだろうけど、それが出来ないのは私が彼に惚れてしまっているからだ。


「おい真滝、聞いてるか?」

「聞いてるけど、寮戻んなくていいの?そろそろヤバいんじゃない?」


同じクラスになって2年目、桐皇学園に最も実家が近いであろう私の家に、彼は最近よく来るようになった。初めて来たのは梅雨入りしてすぐだったか、ロードワーク中のバスケ部を予報に無い雨が襲った時だ。外に干していた洗濯物をお母さんと慌てて片していた時、「入んなさい入んなさい」と彼女は誰かを手招いていた。ずぶ濡れの彼にバスタオルを放り投げたお母さんと、それを顔面で受け止めた男を今まであまり話したこともなかったというのにゲラゲラと笑い飛ばしたのが事の始まりだ。タオルを頭から被って学校へ戻った彼はその日のうちに洗ったそれを返しに来て、残業になったお父さんの分の夕食を食べて帰ったのだけれど、別の学校の寮に入ったひとつ下の妹と私しか子供がいないお母さんは、どうやら男の子が欲しかったらしくやけに若松を気に入った。それから、よくこの家の敷居を跨ぐようになったんだ。


「んーー……」

「部長も寮生なんでしょ?怒られるよ?」


あんまり遅いと、と付け加えて見ていた雑誌から目を離し、壁に掛けている時計を確認すれば、針は既に門限10分前を指していた。ここからだと寮まで私が急いで丁度10分くらいだろうか、途中で少し走ってそのくらいだけど腹が立つほど足が長い若松ならその半分の時間でこと足りる。本当にギリギリまで居るつもりなのかとジト目でベッドの方へ振り返れば、彼の厚い胸板はゆっくりと浮き沈みを繰り返していた。さっきの曖昧な返事は寝惚けていたのかとまた溜息を吐いてしまう。それでも寝顔を見るのは初めてだから、あと少しだけ眺めていようと座椅子の向きを変えた。


「怒られても知らないからね」


ボソリと呟いてからベッドに体重をかけ、頬杖をついて眺めていると、今まで興味が無かったバスケ部の練習を初めて観に行った時のことを思い出した。若松が家へ来るようになって「そんなに疑わしいなら見に来てみろ!」と怒鳴られたのはお母さんが放り投げたバスタオルを上手くキャッチ出来なかったことをバカにし続けたのが原因だ。
体育館のギャラリーの柵に両肘をつき、その手に顎を乗せて眺めていれば、ボールの速さ、選手の動きの速さに目を奪われたことを覚えている。全国大会へ出場するほど強いとは聞いていたけれど、瞬きを忘れるほど見入ってしまったのは初めてのことだった。指示を出しながら練習する先輩達や、せっせと動くマネージャーにも感嘆の声を上げそうになったけれど、誰より目で追ってしまったのは若松で、大声を出して一際目立っていたのとは別に、彼だけがキラキラして見えたんだ。

目の前で寝息を立てる大きな図体をした男に惚れた日のことを思い出していると、無意識に口角が上がっていることに気が付き慌ててそこを手で覆った。好きな人の寝顔を見ながらニヤけるなんて、と自分自身に引きながら時間を確認してみるともう本当に起こしてあげないと罰を貰ってしまう。散々バカにしたけれど部活を頑張っていることは知っているから、処罰を受けて一時的でもバスケが出来なくなるかもしれないなんてのは避けたい。だけど肩を揺らせど鼻を抓めど、眉根を寄せるばかりで閉じた瞼が持ち上がりそうにはなかった。


「ちょっと若松、ほんとに時間あぶないってば、起きて」


仰向けで寝ている両頬を摘んで引っ張ったり叩いたり、意外と肌キレイなんだな、なんて思いながら「起きろ起きろ」と声を上げるも、今度は眉間に皺すら出来なくなった。ここまでくると睡眠障害なのかと心配してしまう。もう一度時間を確認すれば残り5分なんてとっくに切っていて、ダッシュしても間に合うかどうかの瀬戸際である門限まで残り2分となっていた。


「もう怒った、若松、起きないとグーで殴る」


もちろん100パー セント冗談だ。いくら私でも好きな人をグーで殴るなんて勇気は毛頭無い。だけどその脅しは彼の耳に届いたのか、ピクリと眉が動いたことを私の目は逃さなかった。





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