黒子のバスケ short

□優しい悪魔
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「食わねーの」

「食う」


この世の終わりのような顔をしていたであろう私へ声をかけてくれたのは所属する部活のジャージを身に纏った橙一色に頭だけ黄色い暴言男だった。


「葬式でもあったか」

「不謹慎」


半ば強引にこのファミレスへ連れ込まれたがメニューなんてチラリとも見せてくれなくて今テーブルの上にあるのも、中で準備されているであろう料理も全て宮地が注文したものだ。
小さな声で提供するスタッフに私達は今どう映っているのだろう。
喧嘩中のカップルなんて思われてたら今すぐトイレまで走って便器に顔を突っ込んで溺死したい。


「玉砕上等じゃなかったかよ」

「……そうだよ」


いつものように言い返せない自分が憎い。

失恋してここまで落ち込むなんて思いもしなかった。
当たって砕けろ精神で見事玉砕したわけだが予定では相思相愛になるというより開き直る自分が今いるはずだったのに。


「辛気臭すぎて腹立つ今すぐ撲殺したい」

「だれを」

「お前を」

「やれるもんならやってみろ」


ガバリと片腕を上げた宮地が視界の端に映り肩が跳ねた。
直後にその手が頭を掻いているのが見えて顔が熱くなる。


「ほんとに殴るわけねーだろ、なにビビってんだよ」

「ビビってない」

「ビビリ」

「うるさい」


ビクついたのは確かだが私が本当にビビリなら玉砕覚悟で告白なんてしていない。
出来るはずがない。
何年片想いしてきたと思ってるんだ。
中学の頃からずっと好きで、目の前の毎日口喧嘩しかしない男にまで相談して、モヤモヤしている自分が鬱陶しくて、だから想いをぶちまけたんだ。


「俺やめろって言ったよな」


宮地の言葉が胸に刺さる。
散々止められたのを振り切ったようなものだったから。


「勝手に告って勝手に落ち込んでんじゃ、」

「いいじゃん勝手にしたって!わざわざ罵るために呼び止めたの?!趣味悪すぎ!」


ランチタイムを終えたファミレスに私の声はやけに響いた。
周りの視線が痛いほど私達へ刺さっているのがわかる。
完全に八つ当たりだ。


「あ?!っ、おい!」


逃げるようにお店を出て走りに走った。
家へ帰る気なんてさらさら無くて、ただ一人で泣きたかった。




:::




落ち込んだ時にはいつもここへ来る。
それを知っているのが彼だけだというのも、少しだけ悔しい。


「おーやっぱここか」


結局なんも食ってねーよ、と膝に顔を埋めた私の後ろから宮地の声が聞こえた。
それから耳に入るのは風の音だけで、何しに来たんだと声に出すことが出来ない。
コイツが来てどれだけ時間が経っただろう。
少しだけ顔を上げると、空が紅く染まり始めているのが見えた。


「ねえ宮地」

「あ?」

「あんたまだ居たの」

「いいだろべつに」

「私の泣き顔見るために居るんだったらほんとに悪趣味」

「俺の勝手だろーが」


実際泣くことなんて出来なくて、ただ沈んだ気持ちも晴れないままで。
隣に座っているであろう宮地の顔は見えないが、今度は何も言わずにただ一緒に居てくれることがなぜだかほんの少し嬉しい。本当にほんの少しだけど。


「なんで止めてたの」

「ムリってわかってたし」

「相変わらず酷い」


グシャグシャと乱暴に頭を撫でられて身体が揺れる。


「ちょっとは落ち着いたかよ」


言いながら立ち上がる宮地を見上げれば、ポケットに手を入れたまま私を見下ろしていた。


「明良さ、俺にしとけば」


一段と強い風が吹き抜けた気がする。
頬を掠める髪に触れることも出来ず、ただただ呆然としてしまう。


「……今の私にそんなからかい方って悪魔かよ」

「悪魔でケッコウ」

「言ってる意味がわかんない」

「俺ならお前にそんな顔させねーよ」


またもしゃがんだ宮地の身体は私へと向いていて、目線を合わせた顔が目の前にある。
それが少しだけ赤く見えるのは夕日のせいだろうか。


「いつもの宮地じゃない」

「俺と付き合わねーと轢き殺す」


いつもの俺だろ、と言わんばかりのドヤ顔。
慰めようとしているのか。
だけど目は真剣に私を捉えていて、そこから逃げ出すことも出来ない。

縋りたくなった。

こんな気持ちだから。


「天使が悪魔に取り入られた感が否めない」

「誰が天使だよ」

「堕天使になっちゃった」

「だから誰が天使だって?」


直後に抱き締められて、やっと、涙が出てきた。




(宮地汗クサイ)

(仕方無ェだろ、これも好きだってこれから思わせてやるよ)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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