黒子のバスケ short

□天邪鬼ラブ
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「別れた」


ボールを操りながらの和成からの突然の報告に数十秒動けなかった。

彼の彼女は誰が見ても「可愛い」と口にするほど容姿が整っていたし、成績も申し分ない上に同姓の友人も多いという性格の良さで、クラス一、というより、学校一で人気者だ。
いや、もう"だった"という方が正しいのだろう。
彼が過去形で報告してきたのだから。


「別れたって、……なんで」

「なんでって、……なんとなく?」

「なんとなくって、……はあぁ?」


勿体無いとしか言いようがなかった。
付き合い始めの頃はお似合いカップルと称されて学園祭でも取り立てられていたし、お互いが「羨ましい」と周囲にもて囃されていたというのに。
仲睦まじいとは言い難かったが、それなりに有名なカップルだった。
身を引いた私の身にもなって欲しい。


「それなに?まさか和成から切り出したの?」

「おう」


自主練習場と名にしているこのストリートコートには、毎日緑間くんがいるところに私を乗せたチャリアカーを和成が扱いで到着する。
毎日彼の気が済むまでそのまま待ち続けていた私は今日も変わらずリアカーに腰掛けたままその様子を見ていたのだけれど、彼に彼女が出来てから無くなっていたこの一連の流れに少なからず緊張していたし、自分がリアカーの上に居るなんてこと忘れて思わずその不安定な足場に立ち上がった。


「カズ!あんた正気!?」

「あっぶねーって!暴れんだったらそこ降りろよ!」


ガタンと揺れたリアカーが、気立った私の気持ちを少しばかり落ち着かせてくれた。
慌ててボールを放り投げて駆け寄って来た和成に腕を掴まれて体勢を整えたが、彼から振ったという事実が信じられないとその腕を握り返した。


「なんで!どうして!あんな可愛い彼女もう出来ないかもよ!?」

「ちょっ、マジ、おいっ」


またも揺れる足場など気にすることなく彼の腕をブンブン振って叫ぶ。
ガタガタと音を出すリアカーになど私の興味は一切無く、ただ和成がどうしてそんなヘマをしたのかだけが気になって仕方が無い。
なんでなんでとギャンギャン叫び続けていたというのに途端に宙に浮いた感覚にピタリと口を閉じざるを得なかった。
握られていない方の腕を私の腰に回した和成は私を軽々と持ち上げてその不安定な足場から硬い地面へと立たせる。


「壊したら明日真ちゃんに何言われるかわかんねーよ」


前髪を掻き上げながら呆れた顔をして言う和成をキッと睨み付ければ、困ったような笑顔をして私の腕を離した。


「壊れたら緑間くんには私が謝る。ていうか今はそれどころじゃないの!カズがどうして別れたのかってこと!」


数ヶ月前に私がどれだけ泣いたと思っているんだ。
体中の水分が無くなってしまうのではないかというほど涙を流したというのに、こうも簡単に別れられたら堪ったものではない。
高校に入学してから知り合った仲だけど、忽ち仲良くなった私は和成のことが大好きだったのに。
彼が私の事を女として見ていないとわかっていたからこそ、大人しく身を引いたというのに。


「どうしてって、気ィ合うわけでもねーし、部活休めとか言うし……元々好きなヤツいたし?」


和成に部活を休めなんて言う彼女も疑ったが、その後の彼の発言に私は目を丸くした。
彼に好きな子がいるなんて知らなかった。
そういう話をしたことも無かったけれど、密かに想いを寄せていた相手に既に想い人がいたという真実は私の心を大きく抉った。


「カズ……好きな子いたの?」

「俺にだっているわ、そのくらい」

「ちょっと待って。好きな子いたのに付き合ったの?」

「おう!まぁなんつーか、……当て付け?」

「おう、じゃない!軽い!チャラい!当て付けって……最低!」


パシンッと、乾いた音が響く。
右手はジンジンと徐々に痛みを増してきて、目の前には衝撃で顔を背けている彼の姿。
叩いてしまった。
ギロリと睨まれて、震える手を固く握って下ろしたが、彼の目に威圧されながらも私の口は負けじと開く。


「相手の気持ち考えなよ!カズのこと好きで告白してくれたのに、その気持ち弄んだってことだよ!好きな子がいるならいるって、その時に断れば良かったじゃん!」


気付けば声も震えていて、目の前が霞んでいることで泣いていると気が付いた。
どうして泣いているのだろう。
大好きな彼が女の子を弄んだことに対してだろうか、それとも大好きな彼がこんなに軽い人だったからだろうか。
どちらにしろ未だ大好きだと自覚している馬鹿な自分に、悲しくなったからだろうか。
嗚咽を洩らしそうになるのを我慢しながら、和成の目を睨み返して反論を待った。
だけど彼はすぐに俯いてしまって、カチューシャを取った前髪で表情なんて全く見えない。
どれだけの沈黙が続いただろう。
何か言いなよ、と口を開きかけた瞬間、彼の手が私の手首をパシリと掴んだ。


「最低なのはどっちだよ、」

どうでもいい女と毎日つるむワケねーだろ、好きでもねー女毎日迎えに行くワケねーだろ、好きだからココまで連れて来てんだよ、だからお前と一緒にいんだよ、気付けよバカ、バカ明良。


いつになく低い声と、初めて目にする彼の悲しげな顔。
言われたことを理解した頃には、私の涙なんてピタリと止まってしまっていた。


「好きな女に、好きでもねー女との事ガンバレって背中押された俺の気持ち、お前にわかるかよ」


握られた手首にさらに力を込められたことがわかる。
折られてしまいそうなそれに痛みを覚えて顔を歪めたが、彼の表情は私と比べ物にならないくらいどこか痛そうだった。


「か、ず……」

「悪いと思ってる、アイツにも。けどムカついたんだよ、お前にも」


誰がそんなこと思うだろうか。
和成が私を好きだなんて。
毎日確かに一緒に居たけれど、それはただの仲良しとして周りにも映っていたし、特別な感情を持っているのは私だけだと思っていたのだから。


「だったら、……だったら、和成だって気付いてよ……当て付けって、なにそれ……」


止まっていたはずの涙がまた溢れてきて、驚いた顔をする彼の顔が霞んでいく。


「私だって……好きだバカ……ずっと好きだったけど、……ずっと好きだったのに、」


和成が告白された時と同じくらい泣いている気がする。
ボロボロと頬を流れる涙が地面にどんどん落ちていって、握られている腕を引かれて彼の胸へ倒れ込んだ。


「マジかよ、全然気付かなかったわ」


包み込むようにギュッと抱き締められながらも、私の涙は止まらない。


「アンタが告白されたとき、干からびそうになるくらい泣いたっての〜〜〜」

「ブフォッ!じゃあなんでガンバレとか言ってんだよアホ」

「だって言うしかないじゃん、あんな可愛い子に敵うわけないじゃん、カズの方がアホじゃん」

「俺にとっちゃお前の方が何万倍可愛いっての!」

「そんな恥ずかしいこと平気で言うな!」

「いや言う!」


いつの間にか涙は止まっていて、遠慮なく掴んでいるTシャツで鼻をかめば、「そういうトコは可愛くねぇ!」と胸から顔を離された。
だけど背中には和成の腕が回ったままで、「ごめんな」とまた抱き締めてくれた。



(今絶対ホッペに鼻水ついた)

(お前のなんだからお前が処理しろ)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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