黒子のバスケ short

□心中ピラミッドの頂
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いつになく彼が苛々していると感じたのは気のせいだろうか。
ダジャレはいつもの様に言っていたし周りとの接し方にも然程違いは無いようだ。
だけど、私が感じた彼のみへの騒然たる空気というか、ピリリと固まってしまうような雰囲気に、話しかけることが出来なかったのは確かだ。


「今日の伊月くんオカシイよね」

「アイツは常にある意味オカシイだろ」


日向くんへ聞いてみるも何も変わった様子は無いというような言いぶりで、その後リコへ同じ問いを投げかけてみるも返答は変わらないものだった。
あの空気は私だけが感じるのだろうか。
というより、彼が私にだけそういう雰囲気で接しているのだろうか。
練習が終わった後に火神の自主練習に付き合う木吉くんと伊月くんは、相変わらずふざけながら後輩の面倒を見ている様子だった。
実に楽しそうに。
だけど私がその輪の中に入れば、あからさまに彼はギクシャクし出してその場を離れる。
一瞬キョトンとした表情を見せた火神が木吉くんの耳へと口を寄せ、コソコソと話しているのが聞こえた。
言っておくがあまり小声になっていない。


「伊月さんと真滝さんってケンカでもしてんすか?」

「……そうか?」


私も疑問だ。
彼と喧嘩をしているつもりはないが、避けられているような雰囲気を感じ取れる。
昨日を思い出しても口論になるようなことは一切無かったし、むしろ初めて二人で一緒に帰ったというのだからその真逆だと言っても良い。
苛立たせるようなことをした覚えは全く無いのだが、私は彼に何かしでかしてしまったのだろうか。


「伊月くん」


そそくさと逃げる姿を追いかけて、体育館裏で溜息を吐いている彼に声を掛けた。
ビクリと肩を跳ね上がらせた後、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。
なんなの、その目。


「そんな顔しなくたっていいじゃん、私何かした?」


腰に手をあてて仁王立ちし、いかにも私も怒ってますという様を見せて質問を投げかけたのだが、彼はまたも溜息を吐いて頭をガシガシと掻き出した。


「今日ずっと私のこと避けてるでしょ、一言も話してくれないし目も合わせてくれない。……なんでよ」


俯いていた顔が少しだけ上がったと思えばチラリとその目が私の姿を捉えたようだ。
困ったような表情をするのはどうしてなの。
眉尻を下げる様子を見て、私の胸がズキリと痛む。
だけど彼のそれとは対照的に私の眉は吊り上がるばかりだ。彼が口を開くと同時に、私を纏う空気が張り詰めたような気がした。


「真滝ってさ、俺の友達だよね」


質問の意味と意図が理解出来ない上に、その答えを頭の中から探し出すのに苦戦してしまう。
同じ部活の彼は選手で私はマネージャー。
クラスも違うから放課後の体育館以外で話すこととなると廊下でバッタリ会った時くらい。
それを彼が友達だと思っているのなら、ここは無難に友達だと認めた方が良いのだろうか。
私の中の彼は、もっと高い位置にいるのだけれど。
ピラミッドで表せば、砂漠に面した広い部分の人達を"その他大勢"として、彼はてっぺんに立つ、"好きな人"。


「友達……なんじゃない?」


渋々、と言うほどでもないが、声はかなり小さくなってしまった。
もっと特別で、もっと近付きたいと思っている人なのだから。


「だよな、……でも俺、……友達だと思えなくなったみたい」


今度は、言葉の意味を理解することを、頭と心が躊躇った。
彼は私のことを友達だとも思いたくないらしい。
本当に私は、彼に何をしでかしてしまったのだろう。
もう考えることすら頭が拒否しているように、眩暈まで起こしてしまいそうな私は力無く彼を見つめて立ち尽くすだけだ。
何も言うことが出来ない。
理由を聞くことも出来ない。
ショックで、ただ必死に肺へ酸素を送り込んでいるだけのようだ。
ギリギリの呼吸が出来ていたというのに、彼の口が開くのが見えて喉に壁が出来たように空気の流れがストップした。


「真滝は何もしてないよ、……いや、したと言えばしたのかな、」


謝って許されることならばと思い必死に耳を傾けた。
彼の口から紡がれる言葉を一語一句聞き逃すまいと無意識に一歩前へ足を進めようとしたが、拒絶された時のことを恐れて脊髄が勝手にそれを引き止める。
私は一体彼に何をしてしまったのだ。


「好きになった、真滝のこと、恋したのなんて初めてだから、……どうしたら良いかわかんなくなってた」


それから彼は私がこんなことするから可愛いだの、あんなこと言うから照れるだの、間髪入れる隙も与えないくらい口を動かして、落ち着いた頃には互いの顔は茹蛸のように真っ赤になっていた。
堪らず両手で顔を覆い隠した私の心臓はもうこれ以上に動けないというほどに跳ねていて、一生分の鼓動を使い切って今すぐにでも死んでしまうのではないかと思わせるようだ。
どういうことなの、どん底にまで落ちていた気分が180度回転してもはやパニックだ。


「真滝が俺のこと友達だとしか思ってないことわかってるから、この態度は気にしないでよ」

「……むり」

「え、ごめん、どうしよう」


困ったように笑う彼の顔は未だに赤いままで、きっとそれと変わらないであろう私の顔を彼はちゃんと見ているのだろうか。


「私だって好きだもん、伊月くんのこと」


彼の首にかけられていたタオルがスルリと地面に落ちたのが見えて、ポカンと口を開いた顔に笑ってしまう。
「好き」という言葉を連呼すれば真っ赤な顔をして慌てて私の口を塞ぐ彼の手を取って、もう一度「大好き」と口にすれば今度はそれを唇で塞がれてしまった。
彼の中のピラミッドのてっぺんに、私は立つことが出来たのだろうか。



(イライラしてると思ってた)

(真滝と話せない自分にイライラしてた)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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