「落ち着いた」 とっくにね、と言う彼女は自分が先程までどんな顔をしていたかわからないのだろう。 俺のジャージを着せているがその中はボタンが弾け飛んだらしくはだけたままになっている。 暇潰しのように行われるバカ女達の"いじめ"には毎度の如く興味は無かったが、彼女が教室へ入って来たときの空気で気が付いた。 次はこいつの番か。いずれくるのだろうと思っていたがその内容は本当にガキそのもので、彼女も白けた目で見ていたから順番が来たときのことなど心配なんてしていなかった。 話しかけてもそれに関してではなく俺の髪のことなんて気にしているのだから、これは平気だ、と。 何かあっても大したことではないだろう。 彼女なら涼しい顔してケロリとしていると勝手に決め込んでいたが、放課後屋上から教室へ戻ればバカ女達の楽しそうに騒ぐ声が聞こえて息を飲んだ。 咄嗟にジャージを掴んで駆け出したが場所を聞くべきだったと後悔したのは空き教室を調べ尽くした後だった。 校舎内でそんなこと出来るはずはないと息が整うまで考えて、体育館は部活生がいるとなると後はグラウンドで人目に付かないところと予測を立てて走り出せば、案の定来たことも無い体育倉庫の扉は閉められているというのにガタンと大きな音が聞こえた。 すぐにでも殴りかかってやろうと思ったが腹いせにまた彼女が何かされると思うと無い頭をフルに動かしていた。 俺のせいで傷つかせるなんてこと出来るわけがない。 窓に身を乗り出せば彼女のあられもない姿が目に入り、奥歯を噛み締めてガラスを割ろうとする手を無理やり引いて、音だけでも十分だろうと誰が居るかもわからない写真を撮ってすぐに入口へと走った。 扉を開けば小さくなって震えている彼女が見えてすぐにでも目の前の男達を殺してやりたくなったが、落ち着け、と心の中で必死に自分に言い聞かせれば案外冷静な声が出てくれて安心した。 「走った?ありがとね」 落ち着いた声音だが心境はどうなのだろう。 俺と並んで歩くのも本当は嫌なのかもしれない。 歩く廊下はシンと静まり返っていて、もうどの教室にも誰も残っていないことが簡単にわかった。 「あ、ごめん、先戻ってて」 トイレの前で立ち止まった明良は俺に一声かけて中へと入る。 先に戻れと言われても数分前にあんなことがあって一人に出来るわけがない。 壁に寄り掛かって出て来るのを待っていると、片腕のジャージを捲り上げた彼女が顔を顰めながら姿を現した。 「あ?早えーな」 「手、洗っただけ。爪ちょっと剥がれた」 聞けばアイツ等にやられたのではなく閉まる扉に手を引っ掛けたという。 本当かどうかはわからないが血が滲むその指は痛々しいというよりエグかった。 「痛いから保健室行って来る、先に帰ってて」 彼女は本当に今襲われたことを覚えているのだろうか。 それとも男の俺と一緒に居るのが怖いのだろうか。 「……いや、俺も行く」 「そう?それは心強い」 やっぱり忘れているのだろうか。 それか、俺を男として見ていないのか。 ケロッとした表情を向けて歩き出した彼女はよたよたと階段を降りる。 もしかしたら足も痛めているのかもしれない、外傷は見えないが小さく引き摺っているように見える左足が嫌に目に付いた。 「足もかよ」 「なんか、安心したらさっき攣った」 どういうことだ。 確かに先程まで普通に歩いていたように思うが攣るような素振りは見られなかった。 だとしたらトイレの中だろうか。 血を洗い流している最中に安心して攣ったとでも言うようなら彼女は本当に掴めない人間だ。 「足攣るってそんな現場あったかよ」 「あ、トイレ。トイレ入ったら突然ね」 やっぱりか。 予想が的中しても喜べるどころか頭を抱えてしまう。 落ち着いているがこの掴みにくい性格は本当に俺を飽きさせない。 「保健室ってこんなに遠かったっけ、ダルくなってきた」 「おめぇが歩くの遅ぇーんだよ」 「足上手く動かないんだよね、もう行くのやめようか」 「いやそれはなんか巻け、グロイ」 抱えて走ってやっか、と肩を回せば、悔しいからイイ、と即座に断る彼女はいつも通りだ。 本当につい先程強姦されそうになった女だとは思えない。 やっと辿り着いた保健室は保険医も既に帰っているのかシンと静寂に包まれていた。 「誰もいない」 「みてーだな」 「もう面倒だから帰る」 「いや、待て、もう俺がやっから」 人の傷の手当てなんてやったこともないが幼馴染のそれを見ていたからなんとかなるだろう。 また流れ始めている血を見ているこっちの身にもなって欲しい。 俺のジャージを血塗れにする気か。 踵を返した彼女の腕を掴んで椅子へ座らせようとすると、抵抗することなく腰掛けた。 ガサガサと簡易的な救急箱から脱脂綿や消毒液を取り出し、唸りながらどうすればいいか考える。 ガタリと立ち上がった彼女は隅にある手洗い場で血を洗い流していた。 そうだ、確かに、まずはあの血だ。 流し終えて腰掛けた明良はキョトンとした表情で俺を見ている。 ぎこちない手つきで作業を始めれば、やはりなんとなくだが包帯まで巻き終えた。 「大輝これ初めてでしょ」 「悪ぃーかよ、女の身体なら手馴れたもんだぜ」 「ああ、どこ擦ったら気持ち良いとか?」 やっぱナカ?なんて包帯を巻いた指をくいくい動かす彼女とのこんな会話で顔が熱くなるようになったのはいつからだろう。 会話の内容のようなことをしている時の彼女のその姿を想像してしまう。 どんなネタにも動じずに返してくる彼女が処女だと聞いたときは心底驚いた。 それと同時に、まだどの男にも知られていない嬉しさが込み上げる。 上半身は既に見られてしまったが。 ボーっと考えているとまたもクスクス笑う彼女が目に入った。 「なに笑ってんだ」 「いや、またなんか変な色してるから」 「だから色黒バカにすんな」 してないよ、と未だ笑い続ける明良は全く俺を警戒していない様子だ。 いつも自分で如何わしい妄想をされているなんて思いもしないだろう。 もしも今、彼女をそこのベッドに押し倒したら、こうやって笑ってくれることも無くなってしまうのだろうか。 「なあおい、俺だって男だぞ」 「なに、知ってるよ」 ケロリと言い放つ様子に初めて苛立ちを覚えた。 彼女の後頭部へ手を充てて引き寄せるように強引に唇へ吸い付く。 小さく身体が跳ねたように思うが角度を変えて深く口付ければ酸素を求める彼女の口が開いた。 押し返されることも無く調子に乗ってそこへ舌を捻じ込んで口内を荒々しく犯す。 歯列をなぞり上顎を舐め上げると小さく漏れる声が聞こえた。 「んっ、」 やってしまった。 調子に乗り過ぎたと唇を離せば蕩けたような目が俺のそれとぶつかる。 ドクンと心臓が大きく脈打つのがわかり、それと同時に彼女のナカもめちゃくちゃに掻き回してやりたいという衝動にかられてしまう。 未遂で終わったが襲われかけた直後の好きな女に俺は何をしでかしているんだ。 「わり、その、」 「帰ろう、お腹空いた」 「あぁ?」 何事も無かったように立ち上がった彼女にドスのきいた声を浴びせても、フワリと笑顔で返されて何を考えているのかわからない。 しかもお腹空いたとはどういうことだ、昼飯もガッツリ食べていたし先程の俺の行為は水に流すつもりなのだろうか。 全くマイペースな女だ。 だけどこの女に振り回されても、全くダルいと思わない俺はもう末期なのかもしれない。 (……送ってく) (お、またまた心強い) (プリーズ ブラウザバック) |