時折見せる憂いを帯びた眼を鬱陶しいと思いだした。 自分が悲劇のヒロインにでもなったつもりだろうか、一人になった時に見せるその表情が、俺を無意識に苛立たせる。 彼女の過去に何があったかなんて知りたくも無いが、ここ最近は呆け方が尋常ではない。 「真滝、前回の練習試合のデータは……おい真滝」 「あ、はい、すみません」 「ボーっとしてんなよ」 すみません、と小さくなった彼女から書類を受け取り、大まかに目を通してから視線を戻した。 どこを見ているのか、何を見ているのかもわからない視線はただ空をジッと見つめるだけで、その間ピクリともしない身体が不思議でならない。 何をそんなに考え込んでいる。 というより、何も考えていないのだろうか。 「お前やる気あんのか、無いなら辞めろ」 もちろんこれはバスケ部のマネージャーをという意味で、他のなんでもない。 去年は自分のミスでインターハイ初戦敗退となったというのに、それでも任された部長としての厳格さは保ちたかった。 選手がやる気に満ち溢れているのは手に取るようにわかる。 だけど、その周囲にこういう人間がいると気が散ってならない。 今日は何度タイムミスをやらかしたんだ、何度メニュー順を間違えたんだ、何度俺に、怒鳴られたんだ。 女子が苦手だと自覚している、それでも彼女には黙っていられない。 「辞めたく、ありません」 「だったらシャキッとしろ、気が散る」 言葉に棘があるのは承知している。 だけど堪らなく苛立ってしまう。 どうして彼女は、謝りながらもこの部のマネージャーを続けようとするのだろう。 入部したては実に有能だと思った。 黄瀬が無理やり入れたに過ぎないが、情報収集もデータ管理も対戦チームの対策でさえ選手に負けず劣らずの分析をこなす。 正直役に立っていたし、監督のお墨付きにもなっていたというのに。 なんなんだ、最近のこの体たらくは。 「前回の練習試合、15番なんていなかったぞ」 「え、うそ、すみませんっ」 まとめられたデータは確かに不備なく揃っているものの、やはりミスが目立っていた。 「お前ほんと、どうしたんだ」 聞くつもりなんて無かったというのに、口が勝手に動いていた。 「……なにも、ありません」 さらに苛立った。 だったらもっとしっかりやれ、と冷たく言い放てば、素直に返事をして踵を返す。 修正に行ったのであろう、見易くするためにとパソコンで作られるその資料は既に欠かせないものになっていた。 彼女の力で強くなっている、なんてことは言いたくないが、確かにこの部に必要な人材だとは思っている。 「おい黄瀬、真滝はどうした」 「明良っちならいるじゃないっスか」 「ちげーよ、最近のアイツの態度だ」 翌日の部活に遅刻して現れた彼女は、全員に謝ってからいそいそと業務に励んでいた。 今まで欠席も遅刻も無かったというのに、それがまた俺を苛立たせる。 「……あれ、笠松センパイ聞いてないんスか?」 遅刻のことっスよね、と言う黄瀬の表情が僅かに歪んでいるように見えるのは気のせいだろうか。 それに、コイツは何かを知っている。 というより、俺が知らないのが不思議とでも言いたげだ。 「一ヶ月前にお祖父さんが亡くなったらしいっス、……で、一週間前に両親が一緒に倒れちゃった、って」 耳を、疑った。 見舞いじゃないっスか?朝と夜にも内緒でバイトしてるみたいっスよ、と視線を真滝へ移した黄瀬に習うように俺も彼女へ目を向ける。 過去に何かあったなんて話じゃなかった、現在進行形で彼女は辛い思いをしていたのか。 部員と接する時の変わらない笑顔で立っている姿に眉を寄せてしまう。 休んでもおかしくないだろう。 なのに欠席するどころか今日初めて遅刻したことが信じられない。 それよりもどうして、主将の俺に何も言わないんだ。 「……まだまだ頼りねーってことか」 「へ?」 「なんでもねーよ」 集合!と声を出せば、きびきびと集まる部員をよそに、タオルを片付けていた彼女が、視線の先で倒れるのが見えた。 「真滝!!」 一瞬で、血の気が引いた。 |