黒子のバスケ short

□夢にも勝るダイヤモンド
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〈 寒いね 〉


朝一のメールは前触れなくそれだけだった。
夢に出て来た彼女の顔を思い出し身震いしてしまう。
どうして、泣いていたのだろう。

学校も部活も休みとなった今日、日曜日は外に人が多すぎるからと珍しく外出を躊躇した。
ベッドの中で未だ毛布に包まったままの俺にとって寒いのかどうかわからない。
少しだけ足を出してみればひやりとした感覚に鳥肌が立つ。
本当だ、今日はやけに寒い。
ボーッとしながらも夢の内容を必死に思い出そうとしていた。
だけど一向に思い出すことは出来なくて、ただただ彼女の泣き顔だけが目の奥に深く刻み込まれている。
何でもないただのクラスメイトで、一度だけ席が隣になったことがあったか。
教えて欲しいと言われて連絡先を交換したのはもう三ヶ月も前のことだ。
なのに今日初めて来たメールが僅か三文字の、内容を含まない同意を求めた感想文。
捻ることも出来ずにそのまま同じ文字を送り返し、ボトリと床に落とした携帯がすぐに震えた。


〈 会いたいな 〉


誰に、と考えることなく勝手に手は動いていた。


〈 俺も 〉


お洒落をするわけでもなく身支度を済ませれば、ノックも無しに開いた扉から姉が顔を覗かせる。
出かけるの、という言葉には頷くだけで、足早に家を出た。
彼女の泣き顔がまだ頭の中をぐるぐる回っている。
人目を気にすることもなく、とにかく駅まで走った。


〈 黄瀬くん 〉


ただ名前だけが書かれたメールに顔を顰めた。
彼女の泣き顔が俺を呼んでいる気がしてならない。


〈 明良、どこいんの 〉


会いたくて堪らなくなった。

駅に着いてから携帯を開けば丁度受信したメールが俺の足を動かす。


〈 学校 〉


絵文字もない淡白な画面に舌打ちをして、定期を乱暴に扱い改札を潜る。

会いたくて会いたくて堪らない。

駆け込むように電車に乗れば白い目で見られるも、頭の中は彼女の泣き顔だけが占拠していてそれどころではない。
何を焦っているのだろう、あれは夢だというのに。
目を閉じてまたも内容を思い出そうと試みるも、やはり流れる涙の理由がわからず苛立ってしまう。

見たくなかった、あんな夢。


〈 どこ 〉

〈 体育館 〉


肩で息をしながら体育館の入口へ手をかければ、鍵がしてあるはずのそれは難なく開いた。
一つだけ見えた人影が、バスケットボールをゴールへと放る。
リングを潜らなかったそれは床へ落ちて何度も跳ねた。


「寒いね」


振り返った彼女の口から聞こえたのは朝のメールと同じもので、微かに頬が光っているように見える。
ドクンと心臓が大きく脈打ち、気付いた時には彼女の許へ走り出していた。


「なんで、泣いてるんスか」


夢で見たものより、綺麗だった。


「黄瀬くん、バスケしてるとこ、見せて」


俺の問いに答えてくれそうにない彼女は、眉尻を下げて微笑む。
一度で良いから、と渡されたボールを、リングに向けて投げつけた。
勢いよくボードに当たって跳ね返ったそれは俺達の頭上を越えて遠くへ落ちる。


「学校辞めるの」


ヒュッ、と、一瞬空気を吸えなかった。
呼吸が出来なくなってしまったような感覚さえ覚える。
無意識に彼女を抱き締めて、流れる涙を俺の服に押し付けた。


「なんで」

「……家庭の事情。東北の学校に編入するから」


胸を柔らかく押し返されて、来てくれてありがとう、と眉尻を下げて笑う彼女の顔を直視出来ず、奥歯を噛み締めて拳を握った。
ただのクラスメイトが、転校するときの気持ちとは思えない。


「明良が、好き」

「私も、黄瀬くんが好き」


さよならなんて言わせない、と口付ければ、彼女の頬をまた涙が伝った。



(あっちはもっと寒いよね)

(俺が温めに行くっス)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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