頭がちぎれるのではないかと思うくらい首を横に振った。 親友の発言に。 「もういい加減告ってよ!こっちが苛々してくる!」 放課後の教室に私達二人だけのそこは一枚だけ開かれた窓から野球部かサッカー部か陸上部かわからない掛け声が遠くから入ってくるだけで、彼女の声だけが響く。 「どっからどう見ても両想いだから!問題なんて全くないから!」 もどかしい!と吐き捨てる彼女は私の想い人である虹村くんと三年間同じクラスでバスケ部のマネージャーをしている。 移動教室も朝礼時も部活の時ですら私のことを目で追っているという彼にも同じことを言っているらしいが軽く流されてしまうらしい。 というより私はそれが信じられない。 "あの"虹村くんが私のことを好きだなんて有り得るはずがないのだ。 男女共に人気者である彼がバレー部のマネージャーという肩書きしか持っていない私を好きだなんて。 「いや、ないよ、だって私だよ?この私だよ?そんなこと有り得ない」 「あ り え て る の !」 あんたに何も出来ないことくらい私が一番知ってるわ!と冷たく言い放つ彼女が幼稚園からずっと一緒にいる幼馴染だからこそ許せてしまう。 物言いがはっきりしていて勉強もスポーツも出来るというのにマネージャーになったのは驚いた。 しかも強豪と称される我が校のバスケ部のマネージャーだ。 彼女に親友だと言われる私はそれだけで鼻が高い。 だからこそ、だ。 彼女の様な女の子が虹村くんには合っていると思ってしまう。 負い目を感じているなんてことは無いが、入学して三年間ずっと彼と一緒にいる彼女の方がぴったりだと思う。 少なからず私よりは。 「あんた今月でもう四人に告られてんでしょ?振るのも疲れるでしょーが!てか期待持たせんな!男子達が可哀想!」 ズバズバと言ってのける彼女の言葉に舌を巻いてしまう。 たしかにこの三年間で何人の異性に告白されたか覚えていないが、その度になんて物好きなんだろうと関心してしまう。 何の取り得もない私なんかに勇気を振り絞って告白するだなんて本当に尊敬してしまう。 「あんた何も出来ないし心配ばっかかけるけどすっっっごく可愛いんだからね!ムカツクぐらい!」 言い方はきついが裏表の無い彼女のこういうところが好きだ。 私も裏表つけれるほど器用ではないから無いとは思うがやっぱり少し憧れてしまう。 虹村くんと同じくらい。 「いや、でも、ほら、ねー?」 「は?!嫌味?!嫌味か?!ああもう!今から行こ!」 無理やり手を取られて立ち上がらされれば私の目が大きく見開かれる。 今日は全体育館が設備点検だから二人揃って部活が休みになったというのにこの時間に虹村くんの所へ行こうとでも言うのだろうか。 家なんて言われたら意地でも動けない。 「え、ちょ、今からって、どこに、」 「どっかいるはず!顧問に呼ばれてるって言ってたし!」 そう言って私を引きずる力は頑張っても対抗出来るものではなくて、あっという間に教室の扉の前だ。 今から職員室にでも乗り込むつもりなのだろうか。 教師達の前で公開告白なんて出来るわけがない。 もはや処刑だ。公開処刑。 だけど私の考えなんて言葉にしても全て却下されてしまうのは目に見えていて、彼女が扉に手をかけた瞬間、ガラリとそれが開いた。 「あ!虹村!」 「!??」 背を向ける彼女の頭の上に見えたのはやっぱりいつ見てもかっこいい虹村くんで、私の頭の中を常に支配している彼が目の前に居ることに声すら出なかった。 「あ?お前まだ居たのかよ」 「あんた待ってる子がいてさ!話あるみたいだから!じゃ!あたし先に帰る!」 そう言って逃げるように廊下を駆けて行った彼女のバタバタと階段を降りる音だけが耳に入ってきて、なんだアイツ、と後姿を眺めていた彼の目が私のそれとぶつかった。 「うおっ、真滝っ、」 「あ、虹村くん、おつかれ……」 あからさまに驚かれて若干身を引かれてしまったことにショックを覚えたが、彼女が言い捨てて行った言葉を思い出せばまた口を噤んでしまう。 "話あるみたい!"なんてどの口が言うんだ。 いや、親友の口だが。 心の準備なんて毛頭出来ていないというのに今から告白なんて出来るはずがない。 強引な彼女を初めて恨むかもしれない。 冷や汗のようなものが背中を伝うのがわかる。 どうしてこうなったのだろう、張り詰めた空気を感じるのは私だけだろうか。 というよりも、どうして。 「あの、どうして虹村くんここに?……誰かと約束してる?」 虹村くんのクラスは階段を挟んだ教室だというのに、どうして彼はこの教室の扉を開いたのだろう。 残っている生徒は私達くらいだったし、下校していない生徒が居るようには思えなかった。 「いや、その、友達に聞いて、……お前まだ居るって」 え?と声に出そうとも喉に何かがつっかえて口を開いただけになってしまった。 ポカンと開いた口は実に情けないだろう。 焦って閉じて彼の顔を見てみれば口を尖らせて頬を赤らめている。 私を探しに来たのだろうか、でも、どうして。 「何か用事あった?」 「いや、お前も話あんなら俺べつに後でいいから」 「え、あ、私も後でで良いから、虹村くん先に、」 またも沈黙が辺りを支配してしまって居た堪れない。 先に話すべきなのかと思っても告白の"こ"の字も頭に無い状態で今日一日過ごしてきたというのに今から意を決してもそんなこと出来るなんて思えない。 だからと言って何か他の話題をと考えても彼との共通点がほとんど無い私には今の時間まで彼を待つほどの話題は頭の中のどこを探しても見つけることなんて出来なかった。 「あの、さ」 彼の声にビクリと心臓が跳ねる。 後ろ手に扉を閉めた彼と二人きりになった教室はあまりにも静かで時計の針が動く音がやけに耳に響く。 ああ、そうだ、連絡先を聞こう。 虹村くんが何かを言いかけている途中だが、やけに冷静な頭が搾り出したのはそれだった。 告白なんて大それたことは出来ないが連絡先を聞くぐらいならこの時間まで待っていてもおかしくないかもしれない。 それに聞けるのならハッピーだ。 親友に感謝しよう。 「ん?」 少しだけ心の余裕が出来た私は調子に乗って聞き返す。 首を傾げて彼の顔を見上げてみると、ふぅ、と息を吐き出して口を開くのが見えた。 「好きだ」 聞き間違えたのではないかと思ってしまった。 その言葉を言えないがために考えを巡らせていたというのに、まさか彼の口からそれが飛び出すなんて。 「まじでずっと好きだった、その……一年のときから」 親友が言っていたことが本当だったなんて。 信じていなかったことに謝りたい気持ちもあるがそれよりも驚き過ぎてまたも開いた口が塞がらない。 魚みたいにパクパクしているのではないかと無理やり口を閉じればガバリと頭を下げられた。 「いや、わり、お前話づらくなったよな、やっぱ後にすりゃ良かった」 いつもは見ることが出来ない彼の旋毛が見える。 焦って両手を振ってもそれは彼の視界には入らないというのにそんなこと考えられる余裕が私にはなかった。 「返事、ゆっくりで良いから、……考えてくれるか」 上がった顔を見上げれば真剣な目が向けられていて、やっぱり凄くかっこいい、なんて今のこの状況で思ってしまう私には少しばかり余裕があるのかもしれない。 「あの、返事、……今でもいいかな」 親友がくれたチャンスでもあるのだ。 ここで言わないでいつ言うつもりだ。 ギクリと彼の身体が強張った気がする。 だけど私の気持ちも知って欲しくて、精一杯の笑顔で口を開いた。 「私も、虹村くんが、ずっと好きです」 これからも、という意味を含んだことに彼は気付いてくれているだろうか。 ガバリと手の甲で口を隠した彼の耳が真っ赤になっていて、初めて可愛いと思ってしまった。 私の顔も今そんな色になっているのかな。 でも、何故だか嫌ではない。 (で、お前の話って何だった?) (あ、うん、虹村くんと同じ……) END (プリーズ ブラウザバック) |