つくづく馬鹿だと思う。 この"眺めるだけ"という日課はいつから始まったのだろう。 正確には思い出せるけど、思い出したくもない。 「今日もまあ俺モテちゃってすんません!」 「これ全員お前見に来てるとか腹立たしい、でも一番右にいる子可愛い、だから許す」 女の子達の黄色い声に混ざっての彼等の会話を遠くにいる私の耳が聞き取ることなんて出来ないけれど、口の動きだけで彼が何を話しているのかわかってしまう自分の目が疎ましい。 "右にいる子可愛い"、チラリと向けられた視線を追えば確かに彼好みの少し大人しめな女子生徒が爛々とした目でコートを見ている。 だけどその目が誰を捉えているのかなんてすぐにわかってしまって安堵する自分の気持ちに溜息を吐いた。 女好きの彼の幼馴染というポジションにいる私は物心つく前から一緒にいたのだけれど、顔は良いのにナンパを繰り返す由孝を気に入っている女の子達から目立った嫌がらせを受けることなく生活してきた。 小学生の頃に彼に対して不思議な感情を抱き始めて誘われるがままに中学、高校と受験してなんだかんだ共にいる。 一緒にいて当たり前だと思っている彼は私のことを"女"としては見ていないのだろう。 家族のように接してくることを嫌だと思ったことはないが、悔しいと思い始めたのはつい最近のことだ。 人ごみを掻き分けて何度か見たことのある後輩が満面の笑みを浮かべて彼に駆け寄って行くところが目に入り、タオルを受け取りながら優しく微笑む彼の顔にズキリと胸が痛んだ。 見に来ていることも知らない彼に私がタオルなんて手渡そうものなら「熱でもあるのか」と小突かれるに決まっている。 その前にそんな恥ずかしいこと出来るわけがない。 あの可愛らしい女の子はきっと由孝のことが好きなんだろう、彼女に声をかけられている彼を何度か目にしたことがある。 「頑張ってください!」 「ありがとう」 周りは騒がしいというのに視線の先にある二人の会話が不思議と耳に入ってくる。 聞き取ろうと自分が躍起になっているのかもしれない。 いや、かもではなく間違いなく必死だ。 もしかしたらもう付き合ってるのかもしれないと思うと胸の辺りがざわつく。 ナンパを繰り返すくせに彼女という女性を隣に歩かせたことがない彼にとって、ただの幼馴染でしかない私は少しでも特別な存在なのだろうか。 無条件で彼と一緒にいることを許されているこのポジションから動きたくなくてアクションを起こせない私は臆病者だ。 その前にあの女好きの幼馴染に恋心を抱いている自分が残念でならない。 由孝が誰かとキスをしているところだとか、由孝が誰かと一夜を過ごしているところだとか、そんなことばかりを考えては心の中で雨が降り出す。 いつもの間にこんなにゾッコンになってしまったのだろう。 悔しくて仕方がない。 人が多いうちに退散するのももう日課になっている。 常に女の子達に目を向けている彼に気付かれようものなら顔から火が出る勢いだ。早く帰ろう。 体育館から少し離れたところで徐に携帯を手にすると、通知をオフにしていたために気が付かなかったメールを受信したマークが見えた。 誰かと約束していたはずは無いとノロノロとそれを確認すれば、先程まで目の前で汗を流していた幼馴染からのものだと身体が強張る。 メールなんていつぶりだろう。 用件がある時はいつも家まで言いに来る彼からの端末越しの言葉に似合わないというのにドキドキしてしまう。 〈 さっき体育館来てた? 待ってろ 〉 バレていたのかと一瞬にして身体がさらに強張った。 同時に落胆する気持ちと、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。 誰を見に来ていたのか聞かれるだろうか、その時は無難にあのモデルの子の名前を出せば切り抜けられるだろうが彼に黄瀬くんが好きだと誤解されるのが嫌で嫌で堪らない。 だけど「由孝を見てた」なんて柄でもないことを言えば気持ち悪がられるかもしれない。 はぁ、と短い溜息を吐いてもう一度メールを見ると、最後に付け足されている"待ってろ"にやっと気が付いた。 部活が終わるまで待っていろということだろうか、帰ったらまたフットサルに付き合わされるだろうからこの時間に帰らないと夕食の手伝いが出来ないというのに。 ハードな練習の後にどうしてそんなに体力が余っているのか不思議なくらい楽しそうにボールを蹴る姿も好きだから、嫌々言いながらも内心は花が咲き乱れるくらい喜んでいる。実は。 そういえば彼とは対照的にヘトヘトになる私は最近ゆっくり話もしていないと気付けば、久しぶりに一緒に帰れるのなら今日くらい手伝わなくてもいいかなと母へメールを送る。 〈 あまり遅くなり過ぎないようにね、由孝くんと帰ってくるなら許す 〉 たまに恐怖を覚える母からのメールに好きな人の名前があることで教室へ向かっていた私の足はピタリと止まった。 ズリッと肩から落ちたバッグが静かな廊下に音を立てる。 ああ、そうだ。母も由孝のことが大好きだった。 家族ぐるみで仲良くさせてもらってるのは良いけど彼が家へ来る度に「明良を死ぬまで宜しくね」なんて言いのける彼女は私の顔が真っ赤になっていることに気付いているのだろうか。 それに躊躇無く肯定の返事を返す由孝は私をからかっているのだろうけど。 落としたバッグを拾い上げて教室の隅にある席へ腰掛ければ外が真っ暗になっていることがわかった。 今日の月は綺麗だな、とぼんやり眺めていれば携帯が着信を知らせてブーと手の中で震える。 名前を確認して通話ボタンを押すのに戸惑った。 由孝だ。 毎日欠かさず声を聞いているというのに電話なんてもう何年ぶりだと変に緊張してしまう。 平静を装えるように一呼吸置いて震える手を画面に滑らせた。 |