黒子のバスケ short

□かわせない攻撃
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吐く息が白く出てくるようになった。
制服の上から着て来たコートはセールで見つけた物で、私にしては良い買い物をしたと思っている。だけどそれを手に取るのすら憂鬱になったのは、私が冬という季節を嫌っているからだ。
足元には霜が降り始めていて、見上げれば空が高くなったことがわかる。
知っている星座の中で唯一見つけられるものが冬の星座なのが悔しい。オリオン座が夏の星座だったら毎日のように眺めてやるというのに。
殺す気かと思ってしまうような冷たい風が私を襲う。去年まではこれが自然からの宣戦布告だと思い込み、外に出なくたって生きていけると一週間学校へも行かず引篭もった。親と友達に散々叱られて改心したが、やはり冬の中でも登校する朝という時 間帯が一番苦手だ。
周りと同じようにスカートを短くしても、しっかり裏起毛のタイツを履かないと私の足はびくともしない。隣を歩く友達の生足が目に入るだけでブルリと震えて鳥肌が立った。


「ほんとに冬眠したい」

「それもう聞き飽きた」


外気と同じような冷たい返事が返ってくるのもこの季節になればのこと。前方にクラスメイトを見つけた彼女はその短いスカートを靡かせて元気に走り出した。
またも凶器のような風が私を襲う。ぐるぐるに巻いたマフラーを鼻の位置まで押し上げ、手袋を嵌めた両手をコートのポケットへと押し入れた。とにかく風だけでも無くなって欲しいと心の中で切に願った途端、容赦なく攻撃してきていたそれがピタリと止むのがわかった。


「おはよー明良ちん」

「あ、おおおおはよう」


風上に立っている彼のお蔭だと気が付いたのは声をかけられてからで、いつになく眠そうな目で私を見下ろしている。
今年から同じクラスになった紫原くんは、私が密かに想いを寄せている人。他の女の子達はみんな黄瀬くん黄瀬くんでその流れのせいなのか私も黄瀬くんラブ!だと周りに思い込まれているのは有難いことだった。


「明良ちん雪だるまみたいになってるし。早くない?」


中学生とは思えないその長身は私の顔を覗き込むために隣で腰を曲げる。近付いてきた彼からは甘い蜂蜜の香りがして今朝はホットケーキでも食べて来たのかと発せられた言葉とは関係ないことを考えてしまった。
ゆるりと首に巻いているマフラーに手を伸ばされたとかと思うと、彼は断りも無くそれを私から剥ぎ取った。


「え、ちょ、紫原くん」

「俺も寒いからちょっと貸してー」


淡紫色のそれを自分の首へ無造作に巻き出した彼はスンと鼻で息を吸ったようだ。少しだけ身体を仰け反らせている。


「明良ちんの匂いするー」

「に、匂いとか嗅がないでっ」


冷たい空気が守られていた首に吸い付くように這い出すが不思議と寒いと思わなかった。彼が纏う空気が暖かいのか、だけどそれは私にしか作用しない気がする。相変わらず心臓は煩いくらいに跳ねていて、呂律が上手くまわらないのは寒さのせいにしておきたい。
一段と強い風が吹いたと思えば私がくらったのはほんの一部で、隣にいた彼が半歩前を歩いていることに気が付いた。どうやら攻撃の盾になってくれたらしい。見上げれば振り向いた口から寒いね、なんてゆるい文句を吐き捨てるのだが私にとってはその台詞と真逆で外気に晒されている首から上が暑く感じた。


「今日も黄瀬ちん見に来んの?」


マフラーに埋まった口から出された言葉は少し聞き取りづらかったが、彼の発する声を聞き逃すまいと私の耳はフル稼働する。黄瀬くんを見ているのは友達だけで、私がいつも見てるのは紫原くんなんだよ、とここで言えればどれだけ楽だろう。


「うん、練習見に行くと思う」


誰を、とは案の定口に出来なかった。彼にまで誤解されているのが胸を締め付けるが、私の気持ちを知られればもうマフラーを奪われることもなくなってしまうかもしれない。
冷たい風から首許を守られるそれよりも、火照るくらいに身体を熱くしてくれる彼 の存在の方を私は失いたくない。


「……たまには俺も見てよね」

「え……?」

「なんでもなーい」


埋もれた言葉はしっかりと私の耳に届いていて、聞きなおしたわけではないのに彼は知らん顔で歩き続ける。無意識に立ち止まって彼の言葉の意味を考えても、私の頭はそれを理解することが出来なかった。振り返って口を出すようにマフラーをずり下ろした彼が叫ぶ。


「明良ちーん、俺明良ちんのこと好きかもー」


またも強い風が私を襲う。
だけどそんなものより大きな攻撃を彼にくらってしまったようだ。
追い抜いていく生徒達の騒ぐ声が微かに聞こえたが、彼の告白によって私の耳はそれを遠くに感じた。コートのポケットへ押し込んでいた手を取り出し、熱くて手袋まではずしてしまいそうに なる。寒さなんてもう微塵も感じていなくて、彼に駆け寄って口を開いた。


「私、私も、……紫原くんが好き!」


思っていた以上に大きな声が出てしまった。これならあの場で叫んでもよかったかもしれない。だけど近くで彼の真っ赤になった顔を見ることが出来たから、私にも反撃が出来たのかもしれない。




(明良ちん声でけーし)

(む、紫原くんの方がおっきかったよ!)






END
(プリーズ ブラウザバック)



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