黒子のバスケ short

□目に見える壁を越えて
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初めて目にしたときから自分が惹かれているのは確かだった。
バスケットコートが隣接している公園のベンチに暗くなるまでただ居るだけの彼女はどことなく儚げで何もしていないというのにその存在感は計り知れないものだった気がする。
どうして目を向けたのか自分でもわからない。
ただ声をかける勇気が俺には無かった。


「バスケ、本当に上手いですね」


だからこうやって話しかけられてひどく驚いた。
ずっと見ていただけの彼女がフェンス越しに俺の目を見ている。
ゴール目掛けて放ったボールはもうバウンドもしていない。
それよりも、澄んだ綺麗な声に気を奪われてしまった。


「……ありがと、……ございます」


緊張しているのか上手く話せているかもわからない。
やはり遠くからよりも近くで見る彼女はとてつもなく整った顔をしていた。
大きな目が瞬かれる度に長い睫が頬に影を作る。
吊り上げられた口元が妖艶で考えることすら止めて引き込まれそうになった。


「いつも見させて頂いてたんですが、話しかける勇気がなくて」


どうやら彼女も俺と同じだったらしい。
転がったボールなんて記憶から消えてしまったように彼女がいるフェンスへと足を進めた。
風で長い髪がフワリとなびき、色めいた香りが漂う。
あまりにも魅力的で、返す言葉を見つけ出せなかった。


「もう少しここで見てても宜しいですか?」


先程よりも少し小さくなった声量を聞き取るのに難しいことなどなかった。
フェンスを隔てた彼女との距離はもう五十センチも無いだろう。
手を伸ばせば届くその距離に、ハッと我に返って腕を引いた。


「お、おぉ、構わねーよ、……です」


年齢なんてわからないが出で立ちと雰囲気で年上だと思ってしまう。
変な敬語だとわかっていても付け足さずにはいられなかった。
どこかのお嬢様なのではないかと思うほど淑女オーラが醸し出されている。
彼女に近くから見られながら自分のバスケが出来るなんて思わないが、もう少しだけ彼女の視線を独占していたかった。


「……あっ」


やはり緊張しているのかボールはなかなかリングをくぐってはくれない。
外したのはこれで何本目になるのだろう。
苦笑いで彼女を見遣ると、クスクス笑っているのが見えた。


「今日は、調子が悪いみたいですね」

「は、はぁ、なんつーか、……みたいっすね」


否定も出来ないから落ちたボールを拾い上げて彼女へとまた近付く。
笑顔も吸い込まれそうなほど整っていると見ていれば、フェンスを掴む手が少しだけ黒ずんでいるのが目に入った。


「あ、これ使ってください、汚れますよ」


バッグの上に放り投げていたタオルを拾い上げ、彼女に差し出すも、フェンス越しに見えた顔はきょとんという表情を浮かべていた。
ああ、そうだ、ここからどうやって渡すつもりだったのだろう。
慌てて扉まで駆けて彼女の方へ走り寄る。
隔たりなく見る彼女が先程よりも近くにいることで急に身体が強張った。


「ありがとうございます、でも、大丈夫ですから。タオルが汚れてしまいます」

「いや、いいっすよ、元々汚いっすから、……あ、いや、手ェ拭く分にはキレイっつーか、問題ないっすから」


焦って言葉を連ねる俺を見て彼女はまた笑い出す。
ありがとうございますと受け取った指は俺のと比べ物にならないくらい細くて白い手首は簡単に折れてしまいそうだった。


「あの、いつもベンチ居ますよね、何してんすか?」


ずっと気になっていたことを口に出してみた。
聞いてまずいことではなかろうかと気付いたのは声に出した後で僅かに後悔してしまう。
だけど彼女はニコリと微笑んだ後に口を開いた。


「始めてあのベンチに掛けたときは迎えの車を待っていたんです。だけどその日にあなたを見つけてファンになってしまいました」


勝手にごめんなさい、と困ったような笑顔で言う彼女に胸の奥が熱くなった。
お名前をお聞きしても宜しいですか?とタオルを綺麗に畳んだ彼女が俺に問う。


「火神大我っす」

「ありがとうございます、私は真滝明良と申します。また、見に来ても宜しいでしょうか」


柔らかく丁寧な口調にさらに緊張してしまう。
短く肯定の返事を返せば彼女はまた優しく微笑んだ。真滝明良、さん。
名前を知れただけで胸が弾む。
彼女に合った可憐な名前だと我ながら似合わないことを考えてしまった。


「も、もう帰るんすか?送りますよ」

「ありがとうございます、近くに車を待たせていますので、お気になさらないで下さい。こちらは明日、お返し致しますね」


小さくタオルを主張して軽く頭を下げる彼女に攣られて頭を下げる。
自分の身長のことなど考えずにその行動を取ったことを、自分の頭を彼女の腕にぶつけてから後悔した。


「あっ、すんません」

「いえ、でも少し驚きました」


笑いながら腕を摩る彼女にまた見惚れてしまって、それから言葉が出なかった。
踵を返して歩き出した彼女がまた俺へと振り返り頭を下げる。
上品なその仕草に数分間動けなかった。
明日も会える。
彼女の言葉を思い出し、ぶつけた頭を摩りながら顔が熱くなるのがわかった。

それから会話を重ねる度に彼女にさらに惹かれた。
聞けば同い年ということで自分や周りの人間と比べてなんという違いだと驚いたこともある。
学校はやはり近くにあるお嬢様校で、格の違いを思い知らされた。
来ない日があるとバスケの調子も悪く、体調を崩したのではないかと気が気ではなかった。
どれだけ彼女に没頭しているのだろうと自嘲してしまう。


「え、明日試合なんですか?」


もし来てくれたら、という思いで話してみた。
試合が終わってからもここに来れるかどうかわからなかったから。


「そうんなんですね、……応援に行きたいですが、明日は抜け出せない用がありますので……」

「そっか、じゃあ……ちょっと欲しいもんがあんだけど」

「はい、私からお渡し出来る物でしたら、なんでも」


ニコリと微笑む彼女に罪悪感があるかと問われれば答えることは出来ないだろう。
だけどもう我慢が出来なかった。
引き寄せるように頭へ手を伸ばし、そっと口付ける。
離れてから目を開けると、見開かれた目が俺を捉えていた。


「大我、さん……」


ひっぱたかれるのも覚悟していた。
随分大胆で強引だと自分でも思う。
だけどもう気持ちばかりが溢れてしまって制御が出来ない。
アレックスにされるようなキスではない。
自分の気持ちを込めた口付け。


「……わりぃ」


頭を下げても遅いことだとわかっているが、ファンだと言ってくれたことに少なからず期待していた自分がいる。
真剣だと彼女を見据えれば、俺の頬へ伸びる両手が見えた。


「もう一度、してもいいですか」


予想していなかった言葉が返ってきたことと、頬に添えられている彼女の手が冷たくて頭が痺れる。
ドクンと心臓が脈打つと同時に、彼女の顔が目の前にあった。


「好きです、大我さん」


そっと口付けられた唇と鼻を掠める彼女の香りが俺の脳を麻痺させる。
彼女の頭を固定して角度を変えて深く口付ける。
息苦しいのか俺のシャツを握り締めた彼女の腕を掴み、ゆっくりと唇を離せば少し潤んだ目が俺のそれと重なった。


「明良、」

「大我さん……」


好きだと言われて舞い上がってしまったのも間違いない。
だけどそれ以上に目の前にいる彼女が愛おしくて堪らない。
フェンス越しに始まった恋愛事だが、今俺達を隔てる物など何も無いのだ。




(これで明日ぜってー勝てるわ)

(今度の試合は、応援に行かせてください)







END
(プリーズ ブラウザバック)



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