黒子のバスケ short

□その視線の先は
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──六月も中頃。
梅雨入りして雨の日も多く、今日は初めて女子と体育の授業が体育館で一緒になった。
俺たち男子が器械運動の為のマットをだらだらと準備している頃、ネットを挟んだ隣からはボールの弾む音が聞こえた。
目を向ければどうやら女子の授業はバスケらしく、こちらとは対照的にはしゃぐ声も聞こえる。
毎日放課後になれば飽きる程触れているというのに、羨ましく思ったのは俺がバスケが好きだから、だと思う。
決してマットの上で転げ回ることが地味だとか思っているわけではない、はずだ。
教師が鳴らす笛の音が聞こえて我に返り、目線をそちらへ向けるといつものグループに分かれろという号令がかけられる。

ごろりと前転を終えた俺に聞こえてきた隣のマットを使うグループの声。


「うわ、うまっ」


徐ろに同じ方へ目を向けると、体育の授業だとは思えない動きをする女子が一人目に入った。

真滝明良、確かそんな名前だった。

口数が少ないことは友人と話すところを見て知っていた。
男子生徒に落ち着いた性格だと言われる彼女が、そんなことないよと首を横に振る姿を何度も見たことがある。
移動教室前にぼんやりしていて誰かに腕を引っ張られていることもあったはずだ。
成績は良くも悪くもなく、頼まれたことは断らない。気が小さくて何事も控えめ。
目立った長所や短所も無く、この目が無かったらクラスにいることさえわからなかったかもしれない。

そう思っていたのに、今視線の先にいる彼女はいつもと比べ物にならないほどの俊敏さと迫力。
間違いなくバスケ経験者な上に実力も県の上位者に並ぶはずだ。
だけど雑誌でも見たことがなければ話も聞いたことがない。
真滝明良という名前は高校に入学して初めて知ったものだ。
それもただ同じクラスになっただけのこと。


「明良さすが!」


同じチームなのであろう女子生徒の声が響く。
本当に綺麗なレイアップシュートだった。
辺りを見渡せば一枚のマットにも人影を捉えることができない。
どうやら男子全員が体育館を真っ二つに区切るネットにしがみついているようだ。
後ろで教師が何か叫んでいるようだがそんなことより彼女が気になる。
一度ボールを持てば滑らかな動きでゴールまで人を抜き去る姿は圧巻で、もう彼女から目を離すことが出来ない。
スリーポイントラインで足を止めた彼女と同時に、俺の隣で眺めている生徒の喉が鳴る音が聞こえた。無意識に俺も生唾を飲み込む。
高く構えてシュートフォームをとったと思えば、ゴール下のチームメイトへとボールが渡っていた。


「サンキュー明良!」


リングにぶつかったボールは綺麗に跳ね返ってコート外へ落ちた。
同時に掴んでいたネットが揺れたと思えば周りからはブーイングの声があがる。

真ちゃんなら余裕で決めているだろうが、やはり体育の授業、これですんなり決まっていれば俺が知らない方がおかしすぎる。


「真滝なら決まってたんじゃねーのー!」

「投げてみてもよかったって今の!」


たしかに。あれは投げてよかった。

入るかどうかは別として、綺麗なフォームで投げる彼女を見てみたかった。


「うっさい男子!あとあたしだけだったの!」


どうやらノルマが決まっているようだ。
一人一本はゴールを放つ、そんなところだろうか。
ゴールを外した生徒がこちらを睨んで叫ぶ中、ボールは既に真滝明良の手へと渡っていた。
一人、二人と抜き去り、あっという間にゴール下だ。


「明良!男子がうるさいからスリーポイント!」

「えっ、」


一瞬立ち止まった彼女がこちらへ目を向ける。

なんとなく、目が合った気がした。

後ろへボールを下げてスリーポイントラインまで後退した彼女へまたボールが渡ると、放たれたボールは綺麗に弧を描いてゴールへと吸い込まれた。




:::




「真滝ってさ、バスケ部?」


体育の授業後、囲まれる真滝明良に近づけないため隣に座る女子へ聞いてみた。
確か彼女と結構一緒にいるやつだ。
移動教室の時に腕を引っ張ってくやつ。


「あ、高尾も見てたの?さっきの体育」

「いやもう全員見てたっしょ。ゴリ鉄まで目行ってたし」


彼女がスリーを決めたときは生徒のみならず男子体育の担当教師まで歓声を上げていた。
真ちゃんばりの綺麗なシュート、ぶっちゃけ一緒にやりたくてウズウズしてしまう。


「明良って帰宅部だよ、なんにもやってない」

「は!?あれで!?」

「そ、あれで。今までにやったことがあるとかじゃなくて、ただあの子すっごい運動出来るってだけ」


話を聞けば、今まで体育の授業で行われた競技、運動など、とりあえず何でもそつなくこなすらしい。
そういえば女子生徒から落ち着いているなどという言葉をかけられているところは見たことがない。
体育の授業であれだけはじけられれば落ち着いた人間には確かに到底見えない。


「勧誘は凄いんだけどね、なんか放課後はやりたいことあるらしくって全部断ってるっぽい」


そう言って次の授業の準備を始めた彼女へお礼を言い、俺は真滝明良へと視線を移した。
取り囲んでいた生徒達も自席へ戻ったのか、彼女の周りにはもう一集りなど無く、視線を向けた俺とパチリと目が合った。
途端に逸らされたが、間違いない。
体育の授業のときも、確かにあれは目が合っていたはずだ。







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