「若松!」 「あーーうるっせェな、お前起こすならチューのひとつでもしてみろよ」 もう散々叩いてんじゃねーか、と上半身を起こしてダルそうに頭を掻くと細めた目で私を睨む。かと思えばすぐに吹き出し、ベッドの上で胡座をかいた彼は口端を釣り上げて私を見下ろした。 「人の寝顔見てニヤけるとかお前怖えーよ」 「……は?」 「はっ、耳元で喋られたら嫌でも起きる」 「ちょ、」 聞けば私が寝顔を眺め始めた時に起きたらしく、眠りが浅かったため小さな声でも覚醒したらしい。「もうそれって結構序盤じゃん」なんて言ってニヤけていた話から離れようと思ったけれど、上から大きな手でガシリと頭を掴まれ凝視されると、話題を変えるなんてこと出来そうになかった。 「な、なに、」 「テイクツーな」 「顔コワイ、何のテイクツーなの」 「だからチューのひとつでもしてみろって」 そんな戯れ言だれが真に受けるんだ。 何も言えず私の見開いた目は何度も瞬きをしてしまうが、その先ではまたも横になった若松が目を閉じている。お遊びにしてはハードルが高過ぎる、私の気持ちを知らないにしろ冗談でファーストキスを持っていかれるなんてまっぴらごめんだ。 ペシリと額を叩けば睨むように目を開いた彼の眼前に携帯の画面を突き付け、時間を確認させようとしたがその手はそのまま掴まれてしまった。 「ねえ、時間わかってる?」 「わかってる」 「ふざけてないでもっと焦ろうよ」 「窓開けとけって後輩に言ってる」 だから問題無い、と掴んでいる私の腕を放るように離した彼は、またもベッドで仰向けになって目を閉じた。いつもの脈略の無い問いかけとは比較にならない。こういう事に関してはしつこいのかと若松の新しい一面を知ることが出来たけれど、面倒だと思う上に意図が全くわからなかった。 「ねえ、悪ふざけで私のファーストキス奪うの?悪趣味が過ぎるんだけど」 眠り姫になりたい願望でもあるのか、大きな身体をしてそんなことを考えているのなら鳥肌ものだけど、目を醒まさせる王子が私でいいのかということにも呆れてしまう。深い溜息を吐いてから今度は丸めた雑誌で額を叩くと、パチリと開いた目は睨むように私を見据えた。 「お前バカだろ」 「なんでイキナリ罵られてんの私」 「これだけ俺がここ通って今めちゃくちゃ恥ずいこと言ってんのにまだ悪ふざけだとか思ってんのか」 そう言いながら起き上がった若松の耳はこれでもかと真っ赤になっていて、ガシガシと乱暴に頭を掻いたかと思えばわざとらしい大きな溜息を吐いてまたも私を睨みつけた。いくら鈍感な人でも今の言葉とこの表情、毎度ココへ来る理由が大した用でないことを思い出せばわからないはずがない。"バカと天才は紙一重"なんて聞いてきたのは、天才じゃなくても私に気付けと言いたかったからだろうか。 「なにそれ……自分からチュー出来ないから私にさせようとしたの?」 「なっ、ちが、」 「じゃあチェンジ、しようよ」 いつものように話しているつもりだけど、信じられないほど顔が熱い。若松の言葉の意味を私が履き違えていなければ、眠り姫は私でもいいはずだ。 未だ制服のままの彼のシャツを引きベッドから無理矢理降ろし、そこに入れ替わるように私が横になる。火照った身体に扇風機の風はとても心地良いけれど、目を閉じればさらに胸の奥から熱が込み上げてきて今更ながらなんてことを言ってしまったんだと恥ずかしくなった。 物音ひとつしない沈黙が続き、何もアクションが無いことに漸く冷静になりつつある頭が考え始めれば、やっぱり私の勘違いで、彼は今声を殺して笑っているのかもしれないということに行き着いた。バカにされるんだろうな、なんて思いながらゆっくり瞼を上げると、視界に光は少ししか入らず、薄目の若松とばっちり目が合ってしまった。 「……え、」 すぐに蛍光灯の光と天井が映るが私の身体はピクリとも動かない。勢いよく離れた若松は、またも耳を真っ赤にして頭を抱え、私に背を向けて座椅子の背もたれへ寄りかかっていた。 何が起きたのだろう。 今私の目の前には、確実に若松の顔があった。 「え、ちょ、……え、若松?」 「帰る!」 バン!と音を立てて閉まった扉を眺めながら、痛いくらいに跳ねる心臓を鎮めるのに必死で、暫く声なんて出やしなかった。 明日、どんな顔して会えばいいの。 (若松くんどうしたの?) (ごめんお母さん、明日からアイツ来ないかもしれない) END (プリーズ ブラウザバック) |