31 マネージャー勢と体育館へ戻ってきたさつきがコートを見ながらステージ上を歩き回る明良の姿を捉えた。 「あれ?あれって明良ちゃん?」 今日は仕事休みなのかな、と話し出すマネージャー達をよそに真剣に部員を見ている明良から目が離せないさつきは、彼女がただ一人を見ているわけではないのだと感じた。 たまに来る女の子達は恋焦がれているであろう誰かを必死に見ているのを目にするが、明良は一定時間じっと見続け、足を動かしてはまた動きを止める。 たまに目を伏せて何かを考え込むような動作をしては目薬を点し、額を数度手の甲で叩いてはギロリと目を見開いていた。 バスケが好きなことを知っていたさつきだが、初めて見学に来ていた時と様子が違うことに気が付いた。 「それじゃあ さつきちゃん、あたし達先に帰るね」 また青峰くん待つんでしょ〜?と意味深な表情を向けてくるマネージャー仲間に家が近いだけだから!と必死に弁明するも軽く流されて踵を返される。 ふう、と小さく溜息を吐いたさつきは、またもステージへと視線を戻すがそこに明良の姿を捉えることは出来なかった。 「(あれ?明良……?)」 「さつき!」 ふいに近くから呼ばれた自分の名前に目を向けたさつきは、その声が滑りそうになりながら走り寄って来る明良のものだと気が付いた。 「おつかれ、マネージャーって大変だね」 眉尻を下げながらも笑顔で労いの言葉をかけてくる明良に、さつきは満面の笑顔で「ありがとう」と答える。 左手首への時計に目を向けると、時刻は既に二十時を回ったところだった。 「明良、まだ大丈夫?今日も赤司くんに送ってもらうの?」 「え、あー……わかんない、そういう話してなかったな」 乾いた笑いをする明良に「一人で帰るのは危ないからね!」と声を荒げるさつきだったが、「最悪パパかママ呼ぶ」という明良の言葉に胸を撫で下ろした。 あの赤司が一人で帰らせるわけないかと考え直し、心配することは無いだろうとさつきは徐に携帯を取り出す。 「ねえ、そういえばまだ私達連絡先交換してないの知ってた?」 「あ、そーだ、そーだったね、しなきゃしなきゃ」 携帯を片手にキャッキャと騒ぎ出した二人を羨ましそうに眺める部員達の動きが止まる。 ガンッと一際大きく響いた音は青峰と対峙する紫原がダンクシュートを決めたものだった。 「峰ちーん、今ヨソミしてたっしょー」 「あ?してねーよ、するか」 「いやーゼッタイ今さっちんと明良ちん見てたって」 「っ、見てねーよ!」 「ほんとにー?」 間延びした声にイラつきを覚えながら青峰は壁際に置いていたドリンクを手に取る。 勢いよく喉を潤し図星を衝かれた対象を目にすると、欠伸をしながらコートを出るのが見えた。 「おい紫原!もーちょい付き合え!」 「えーもーお腹空いたしーダルイしー」 お菓子食べて来るーとヒラヒラ手を振り歩き出した紫原は、頭からタオルをかぶり未だ楽しそうに話すさつきと明良の元へ向かった。 「明良ちん今日お菓子持ってる?」 さつきとの会話中に突如影が出来てからの声に、明良は上へと目を向ける。 相変わらず立っている時の威圧感に無意識にも後ずさればさつきの肩へぶつかった。 「あ、ごめん」 「え、あーいいよいいよ、ムッ君お菓子無くなったの?」 「ん?いやー」 あるよーと答える紫原に明良とさつきが見合わせて首を傾げれば、大きな掌がポンと明良の頭へ乗せられる。 遠くから虹村が「捻り潰すなよー」と声を出し、シュート練習に打ち込んでいた赤司と緑間も目を向けた。 「部室に大量に置いてるし、明良ちん無いならあげよーと思って」 え、と声を揃えたさつきと明良はまたも目を見合わせて硬直し、どうしたのだろうと不思議そうな目を紫原へ向けるさつきとは対照的に明良はきょとんとした表情で口を開いた。 「あの、紫原さん、あたし交換出来るお菓子も持ってないですよ?」 「え、いーよーあげるあげるー」 行こ、と頭へ置いていた手で明良の腕を取り、大きな歩幅で歩き出せば少し小走りになりながらの明良を半ば強引に引きずる紫原を、ポカンと口を開けたさつきが見届ける。 数秒後に我に返ると、いつの間にか隣に立っていた青峰の声がさつきの耳へ入った。 「なんだ?あいつ」 「……ムッ君が無条件でお菓子あげるらしいよ、どうしたんだろうね」 「紫原は独占欲が強いと思っていたがそうでもないのか、……それとも明良は例外なのかな」 「フン、未だにあいつはよくわからないのだよ」 青峰と逆サイドに立って体育館を後にした二人の後姿を目で追う赤司と緑間も、さつきの言葉に眉を寄せる。 どういうことどういうこと!と興奮するさつきを放置して青峰は虹村の元へ駆け寄り、「相手して下さい」と声をかければ少しばかり怪訝な顔をされ、赤司と緑間も何かを考えるように踵を返して練習を再開した。 「緑間、集中力が切れたか?」 「俺は常に人事を尽くす、そんなこと有り得ないのだよ」 明らかにシュートミスが増えた緑間に赤司が声をかけると、フッと鼻で笑ってさらに言葉を続ける。 「……オレは少し動揺しているよ」 ボールを放つことなく床に叩きつけ始めた赤司に、緑間は驚きながら目を向けた。 何事にも動じず常に冷静に状況を判断出来る男だと思っていたが、彼にとっても明良のことになれば例外なのかと考えを巡らせる。 知り合ってまだ一ヶ月半で、所属するこのチームメンバーのことなど自分は何も知らないことだらけだと心の中で自分に言い聞かせた緑間は、深呼吸してボールを放てばスルリとリングを潜り抜けた。 二人だけで部室へと向かった紫原と明良のことを無理矢理頭の片隅に追いやれば、わけのわからない苛立ちも忘れることが出来るような気がした。 |