弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(5)
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「明良、今日は誰を見る」

「ごめん、今日は見ない」


今泉くん見たいんだけどなー、と言う明良は部のビンディングシューズのクリート調整をしながら答えた。一瞬眉を寄せた金城に再度謝る明良が立ち上がると、彼は瘤があった場所に手を伸ばす。それを気にしているのかと笑った明良はその手をとって合谷を刺激し始めた。


「監督試験準備で忙しそうだし、それで先生誰も捕まえらんなかった」


ごめんね、とまたも謝る明良に金城は安堵の溜息を吐く。車が無ければ仕方がないことだというのに何度も謝る明良に困ったような笑みを浮かべた金城は、ツボを刺激する彼女の手を握り返し、もう一方の手を瞼へと置いた。


「あー、やっぱりこれスキー、寝そー」

「昨日は?」

「3時」

「またそんな時間か、今日は寝てていいぞ」

「ううん、メンテやってる」


幸い今日は個人練習だ、2・3年が1人ずつ付くからあとでどうだったか聞いて回ればいい。金城の手が離れた明良の目はとろんと眠そうにしていて、それを見て彼は優しくベンチへと座りなおさせる。今にも眠ってしまいそうな明良の頭を一撫でし、片膝を付いてもう一度彼女の瞼へ掌をあてる金城に、部室へ入ってきた今泉が声をかけた。


「1年全員揃ってます」

「わかった、すぐに行く」


手を離せば瞼は開くことなく規則的な呼吸が明良の胸を動かしていた。


「明良さん、寝かせるんですか」

「ああ、コイツは少し頑張りすぎだ」

「気になってたんですけど、目に掌を被せるのは何なんですか?」

「瞼を温められると落ち着くらしい、眠くなるんだそうだ」

「というか……明良さんやけに寝ますね」

「俺達のために、夜寝る時間はいつも2時間程度だ」


驚愕の表情を見せる今泉から明良へ視線を戻した金城は、そっと彼女をベンチに横にしてその上にジャージをかける。頬へ手を添えて親指で優しく撫でると、僅かに身を捩る明良に微笑んだ。


「寝ずになにやってるんですか」

「勉強だ、体の」

「マッサージ、ですか」

「ああ、それと、部員一人一人の走りを細かく日記につけている」


テーブルの上に置かれたノートを金城が広げると、今泉の顔はまた驚愕の色へ変わる。びっしりと小さな文字が並んだそこには時間までしっかり記されていた。


「これ、巻島さんのとこ22時って、」

「自主練にも付き合うんだよ、コイツは」


所々に朝の5時や6時も見受けられ、そこにしっかりとコメントが記されている。今泉が見つけた自分の欄にも、気になる点がいくつか書き込まれていた。


「ただ容姿が良いから俺達が可愛がっていると思ったか?」

「いえ、……でも、これは驚きました。クロスに乗っているところは見たことがありますが、まさか練習に付き合っているとは、」

「ああ、だから今日くらいはな」


優しい表情で明良へ視線を移した金城の目は、キッと真剣なものに変わり声音もさらに低くなる。


「だから勝たなきゃならない、明良が俺達に勝てと言うんだ、全力でサポートしてくれている彼女に、俺達は応えなければならない」

「……はい!」


外へ出て告げられた個人練習の内容は、上級生と一対一のレースというものだった。





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