弱虫pdl

□自慢であり誇りである。(3)
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「古賀、ごめん、ちょっとテーピング巻くの手伝って」


Tシャツの袖を肩まで捲り上げてそこにテーピングを施していく。明良の白い肌は窓から入る陽射しを反射し、高ゲインに設定してあるカメラが映すように部室内を明るめているようだった。


「わ、くすぐったい」

「ちょっと明良さん、動かないでください」


キャッキャと騒ぐ2人を見ながら、小野田は持って来ていたジャージへと着替えを済ませる。「そこ触られるの弱いー」と笑いながら言う明良に、「だったらどうして頼んだんですか」と答えながらも古賀は微笑んでいた。


「今泉くん、古賀さんと真滝さんって仲良いね」

「…そうか?あの人は主将との方が仲良いと思うぞ」

「確実に仲悪いのはあの緑ィ髪した先輩やろな!」


小野田と今泉の会話に、愛車のピナレロを肩に担いだ鳴子が割り込んだ。


「まあたしかにいつも口喧嘩はしてんな」

「せやろ!部室来るときもごっつ言い合いしよったもんなァ!」

「そ、そうかな、僕にはすっごく仲良さそうに見えたけど」


そうか?と目を見合わせる今泉と鳴子だったが、ちがうちがう、今はウエルカムレースを控えているんだと互いに思い直せば別の意味で睨み合うことになっていた。


「あ、今泉くん、肩少しだけ触ってもいい?もう準備する?」

「え、肩、っすか?」

「さっき調子悪そうにぐるぐる回してたでしょ、凝ってんの?」

「いえ、……お願いします」


今泉をベンチに座らせた明良はその後ろに立って首筋から僧帽筋をゆっくりとマッサージしていく。「リンパの流れ良くすると血流も良くなるんだってー」と今日からリンパマッサージも取り入れていく方針を彼女は今泉に熱弁し始める。溜まった血液を心臓に送り込むようなそれは、レース前には有難いことだと今泉の口は自然と弧を描いていた。
なにしてんねんあの人、と鳴子が震えていると部室へ入ってきた巻島が後ろから声をかけた。


「40分しかないが準備はいいのかお前らァ」

「せやった!行くで小野田くん!」


バタバタと部室を後にする鳴子と小野田を見送り、巻島は気持ちよさそうにマッサージを受ける今泉の隣へと腰掛ける。それに気付いた今泉は伏せていた目を持ち上げ、挑発的な笑みを浮かべた。


「時間少ないのに余裕過ぎっショ、レース前に随分VIP待遇だな明良」

「ちょっと気になっただけ」


流すように答えた明良は「どう?」と今泉から手を離して巻島の隣へ腰掛ける。「すげー軽くなりました」と腕を回した今泉は一礼してから自分も準備をしようと部室の扉に手をかけるが、なんとなく振り返れば談笑する巻島と明良が目に映った。
──"僕にはすっごく仲良さそうに見えたけど"
 つい先程の小野田の言葉を思い出す。少し前に田所さんから聞いた科白も頭に浮かんでは納得させられた。初めてここへ足を踏み入れたときは主将の胸で眠る姿に驚き、俺自身も主将と彼女はそういう関係なのだと思っていた。だけどそれが日常のように3年生は彼女へ触れる。マッサージで慣れているせいか、彼女からも嫌がる素振りなど全く見て取れない。

巻島の手のツボを押しながら話す明良は満面の笑顔で、たまに口を尖らせ、時にバカにしたように笑い、怒ったように目を吊り上げたかと思えばまた楽しそうに笑う。空いている手で明良の頭を撫でる巻島の表情は、終始微笑んでいた。





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