ほのめかす甘さが心地良い

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「あ、黒崎くん」


ケロリとした表情に驚いたのか、黒崎くんは目を見開いて扉の前に立ち尽くすままだった。


「また黒崎先生のお世話になりました」


小さく頭を下げて笑ってみせると、溜息を吐いた彼がベッドの側にある椅子へ勢いよく腰掛ける。
久しぶりだね、と声をかければ、おう、と小さく返事が返ってきて、頭をガシガシ掻く姿に笑ってしまった。


「なんか、意外と元気そうだな」

「ね、ほんと。自分でも車と思いっきりぶつかったなんて思えない」


ブレーキはかけてくれたみたい、と続ければ、またも大きく溜息を吐かれてしまった。
どうしたのだろう、さっきから溜息ばかりだ。


「お前が事故った話、ウチの高校にまで流れて来たぞ」

「え、なんで」

「いや、……お前自覚してないだろ、ここらじゃ有名だぞ」


何をしているわけでもない私が有名とはどういうことなのだろう。
正直社交性が高いとは言えないから近隣校の生徒とも個人的な交流があるわけでもないし、商店街の人達と買い物の時に少し話をするくらいだというのに。
もちろん他校生から声をかけられたことも数回しかない。


「ねえ、どうして私が有名なの?」

「いや、それは、その、」


口篭る表情が面白くて仕方が無い。
あまりにも言い辛そうだから深くは追求しなでおこう。
またも笑っていると、ギロリと睨まれてしまったからすぐに口を手で覆い隠した。


「親……来てないのか?」


突然の彼のシリアスな雰囲気に、私まで飲み込まれそうになってしまう。
夢の中で母に会ったことを思い出して、鼻の奥がツンと痛くなった。


「お父さん、海外だから」


これだけで解ってもらえるだろうか。
両親が離婚したとか、母親は病気だからとか、そういう風に捉えてくれて構わない。
亡くなったと口にすれば、彼はまた悲しい顔をするだろうから。


「……そうか」


良かった、追求はしてこないらしい。
優しい人だと、わかってしまった。


「しばらく入院だろ?着替えとかどうすんだ?」

「友達に頼んでるから大丈夫、私の家もここからそんなに遠くないから」


火傷した足で歩ける距離だ、ゆきちゃんも自分が持って来ると勝手に鍵を持って帰ってしまった。


「まあ、大した怪我じゃなくて良かったな」

「うん、ありがとう」


笑ってくれたお蔭で安心した。
お墓で見たときの彼の笑顔はウソにしか見えなかったから。
ニカッと笑った顔は太陽みたいで、少しだけ眩しかった。
また来る、と言い残して部屋を出た彼の背中を見送ってから横になれば、意外にも早く眠りにつくことが出来た。



:::



その日の夢には、また母が出て来た。
話が出来る母ではなく、昔の思い出が幼い頃から順番に。
だけど一番長かったのはやっぱりあの日で、転がった私が起き上がった時の赤い色が目に入った瞬間、黒崎くんの顔が視界にあった。


「大丈夫か?魘されてたぞ」

「え……あれ、黒崎くん?」


どうやら目が覚めたらしい。
夢だとわかっているが、またも母を亡くした気分になっていた。


「変な夢でも見たか?」

「あ、ううん、大丈夫」


気付けば彼は制服を着ていて、学校へ行く前に様子を見に来てくれたのだとわかった。
気分は晴れないが、嬉しい。


「痛むんだったら親父に言えよ」

「うん、ありがとう」


やっぱり、優しい人だ。
カーテンを開けてくれた彼の背中を見て、無意識に顔が綻んでしまう。
それとも、これが彼の日課なのだろうか。


「これから学校だよね」

「ああ、……あ、アレ真滝の友達か?」


窓の外を覗く彼の視線の先には、ゆきちゃんがキョロキョロしながら立っていた。


「ほんとだ、ゆきちゃん早いな」

「まだ表開けてねーからな、ちょっと行って来る」


そのまま登校してくれても良いものを、その言い方だと戻って来てくれるのか荷物を置いて部屋を出る彼に、ありがとうと一言投げかければキョトンとした顔を向けてくる。
何の礼だと言われているようだが、昔の夢を見た今の私には話し相手がいるだけで助かった。
泣いてしまいそうだから。


「おはよ、明良」

「おはよう」


笑顔で大量の荷物を持ったゆきちゃんが私へと声をかける。
後から病室へと入って来た黒崎くんも両手に紙袋を持っていた。


「ありがとうございます、運んで貰っちゃって」

「いや、別にいいけど……多くねーか?」

「明良が寂しくないように」


雑誌や小説、漫画なんかを大量に持って来てくれたようだ。
肩にかけてあるボストンバッグにはパジャマやら下着が入っているらしく、この量をここまで一人で運んで来てくれたのかと思うと目頭が熱くなる。
さすがゆきちゃん、私の親友だ。


「あと、これはここでいい?」


コトリ、と泥だらけのバッグの横に置かれたのは自室の玄関に飾っていた写真。
お墓には当分行けないからね、と優しく笑う親友にまたも涙が出そうになる。
入口付近に立っていた黒崎くんの眉がピクリと反応したのが見えて、悟られてしまったかと苦笑が洩れた。


「それじゃ、また放課後来るね」

「ありがと、ムリしなくていいからね」

「来たいから来るの!遠慮とかしたら叩くよ!」

「え、私一応ケガ人」

「頭は無傷でしょーが」


ケタケタ笑う親友は黒崎くんに小さく頭を下げて出て行った。
静かになった病室で先に口を開いたのは彼だ。


「墓参りって、」

「……お母さん、私と同じことしたんだ」


顔を顰めた彼は理解してくれただろう。
"同じこと"とは私がここにいる原因となった昨日の出来事だと。


「……助けたヤツは無事だったのか?」

「うん、昨日車に激突したけどね」


自嘲気味に笑ってそう言えば、さらに顔を歪める彼に申し訳なくなった。
やはり笑うところではなかったらしい。
ベッドの側の椅子へ腰掛ける彼は、すぅっと息を吸って口を開く。


「……責任、感じるか?」


静かに吐き出された言葉に大きく心臓が跳ねた。
責任を感じないわけがない。
元気で、優しくて、いつも私へ笑顔を向けてくれた母を殺したのは、ぶつかった車ではない。私だ。
黙りこくる私に謝る黒崎くんは、またも静かに口を開いた。


「お袋を殺したのは俺なんだ」


足の上でギュッと両手を握り締める彼の言葉に驚かざるを得なかった。
自分も助けられたのだと話す顔は今にも泣き出しそうで、身体が動いていれば抱き締めていたかもしれない。
どうしてだかわからないが、そんな衝動に駆られた。


「悪い、こんな話して」


俯いた私に彼はまたも謝り、バッグを肩へかけて立ち上がる。
病室を出た彼の背中は昨日とは全く違ったもので、お墓で見たそれと頭の中でかぶってしまった。
彼が話してくれたのは、私と同様に仲間意識を持ったからだろうか。
自分達は実の母親を殺した、と。
泣きそうになるのを写真を見て堪えれば、大好きな母親がこちらに笑顔を向けているそれに無意識に呼吸が止まる。
ごめんね、お母さん。





(プリーズ ブラウザバック)



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