黒子のバスケ short

□やっと言えるあの言葉
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「早く終わらせろよ」

「おー」


木村くんが出て行ってから部活や塾へ向かう生徒達がゾロゾロといなくなって、静かになった教室にいるのはまさかの清志と私の二人だけ。
日直の彼は仕方ないにしろどうして私はジャンケンに負けてしまったのだろう。
委員会のアンケート調査なんて一年生がやってくれればいいのに、これでも受験生なんだぞと心の中で悪態を吐いてしまう。


「真滝」


突然の声にビクリと肩が跳ね上がった。
彼のものだとすぐに理解出来たが、もう昔のように下の名前でも呼んでくれなくなったのかと一瞬で悲しくなってしまう。


「なに?」


斜め前にいる彼は振り返らずに私に背中だけしか見せてくれない。


「今日の数学何してた?俺寝てたからわかんねー」


その質問じゃ私が何をしていたかみたいに捉えてしまうではないか。
彼が私に興味がないことなんてわかりきっているのに、今の私はそんな風に考えてしまう。
情けなくなる、先に距離をとろうと思ったのは自分なのに。


「ああ、数Cの試験範囲復習だったから、先生ほとんど喋ってない」


日誌を書いている彼になら模範解答だろう。
変に落ち着いている自分が怖い。
脈も正常だし頭も機能している、どうしてだろう、本当に久しぶりに彼と言葉を交わしているというのに。


「……そっか、………お前は?」


彼の言葉に、一際大きく胸が鳴った。


「お前は何してた?」


彼は何を聞こうとしているのだろう。
私のことなんてどうでもいいではないか。
寝てたからって斜め後ろにいる私のことなんて起きててもいつもわからないくせに、久しぶりに私へ向けた声で、そんなに興味を示さないで欲しい。
期待を、してしまう。


「私は……そりゃ、もちろん復習です」


だよな、と小さく呟いたかと思えば、ふぅーーーと大きく息を吐くのが聞こえた。


「……ノート落とさなかったか?筆箱引っくり返さなかったか?わかんねーとこなかったか?」


彼は本当に、何を言っているのだろう。
相変わらず背を向けられたままだから、表情が全くわからない。


「地理ん時すっげー修正テープ使ってたろ、化学の時とか四回も消しゴム落とすし、古典の時間に携帯は触んな、あれはバレる」


まるで見ていたかのように言ってのける彼の真意がわからない。
頭の中はぐるぐる騒がしく回っているといのに、真逆にも心臓は止まってしまいそうだ。
彼は私に何を答えて欲しいの。


「数学は寝てたから、お前のこと全然わかんねーんだよ、……教えろ」


振り返った清志の目は一直線に私だけを捉えていて、少しだけ眉を寄せたその顔に見惚れてしまった。
ドクンと跳ねた心臓が痛い。
彼が、私だけを見ている。


「な、なにも、してない」


本当に搾り出せた声はこれだけで、目を逸らせない今口を動かせただけでも自分を褒めてやりたい。
だけどどうして、どうしてそんなことを言ってくるの。
どうしてそんなことを聞いてくるの。
まるで清志が私に興味があるみたいに、無関心でいてくれれば溢れることなんてないのに。
涙になって体外に放出されたそれが、私の頬を濡らした。
静かに立ち上がった彼は隣の席へ移動して、私の机に肘を付き前から見下ろしている。
眉を寄せたままの彼の目はずっと私のそれから逸らされることなんかなくて、頬に添えられた掌がじんわりと暖かくてまた溢れそうになる。
そっと親指で拭われた涙がひんやりと頬をまた冷やしてくれるけど、彼の顔をこんなに近くで見ていたら添えられた掌よりも熱くなってしまうかもしれない。


「なに泣いてんだよ」

「だって……清志が……」


清志が私の目の前にいる。
清志が私と話している。
清志と目が、こんなにも一直線で、こんなにも長い時間、合っている。
近くなった目が閉じられて、唇に柔らかい感触。
自然と私も目を閉じて、優しい口付けに身を委ねた。


「俺から離れたのはお前だろーが」

「………うん」

「この場で逃げたら木村んとこの軽トラで轢いてた」

「………んっ」

「彼氏とか作んな、俺だけ見てろ」

「…っ、んっ」

「明良……」

「っ、んっ」


唇が離れる度に浴びせられる言葉に懸命に反応して、だけど何度も啄ばまれて。
名前を呼ばれたことに嬉しくてまた涙が溢れそうになった。
やっと離れた顔はさらに眉間に皺が寄っている。
機嫌が悪いんだと、すぐにわかってしまう。


「…はぁっ、」

「お前に見せ付けてんのに、反応しなさ過ぎてすげームカついた」


後輩の女の子のことだとすぐにわかった。
だけどそんな子もうどうでもいい。
気になって気になって仕方がなかったけど、彼からの言葉と、ずっと私を気にかけていてくれたという満足感が心も身体も支配している。


「気にしてた、ずっと、……でも口になんて出来なかった、私はもう、清志の何でもないと思ってたから」


だけどもう気にしない、と付け足せば、ニヤリと口端を上げた彼はまた私の唇を難なく奪う。

久しぶりにやっと言えるかもしれない。
この唇が離れたら、真っ先に言いたい。

小さなリップ音と共に離れた顔に、満面の笑顔を向ける。


「清志、誕生日おめでとう」


微笑んた彼は私の記憶の中のものよりずっと大人になっていて、知らないことが本当にたくさんあるんだと思い知らされた。
空白の全部と、これからの清志のことを、私は隣で見ていたい。



(清志、好きだよ)

(知ってるわ)






END

Happy Birthday!
宮地清志生誕祭2015



(プリーズ ブラウザバック)


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