G dream

□セオリーなんて通じない
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「はっっくしょん!」

「きゃああぁ!マスクしてくださいセンパイ!」

職場の同僚、希月心音から投げつけるようにマスクが飛んできた。

「風邪かい?オドロキ君」

「そうみたいデス…」

いつぞや街頭で貰ったポケットティッシュを何枚かひっぱり出し、おもいっきり鼻をかんだ。それにしても一晩でこんなになるとは思わなかった。昨日は何ともなかったのに。

(やっぱりアレかな)

シャワーを浴び、タオルで頭をわしわしと拭いている時、名無しさんから電話がかかってきた。

「ごめんね急に、声が聞きたくなっちゃった」

大好きな恋人からそんなカワイイ事言われてしまったら、王泥喜はもう全身全霊で対応するだろう。そしてTシャツにパンツ一丁という出で立ちで挑み、小一時間話し込んだ。丁度季節の変わり目で肌寒い夜分である。どうなるか容易に想像つくだろう。

(丈夫さには自信があったんだけどな)

あっという間に無くなったポケットティッシュのゴミを、丸めてくずかごに放り投げた。代わりのティッシュを探していると、今度は箱ティッシュが王泥喜の額めがけて飛んできた。

「ギャッ」

「今度買ってきてくださいね」

「うぅ、投げなくてもいいじゃないか」

まるでバイ菌扱いである。王泥喜はガックリ肩を落とした。

「オドロキ君、今日はもう帰っていいよ。その様子じゃ依頼がきても、対応に困るだろう?」

一瞬反論しかけ、即止めた。依頼人に鼻水飛ばす訳にもいかない。自分だってそんな弁護士はご遠慮願いたい。

「何かあってもこの私がどーーんと解決しちゃいますから!センパイはゆっくり休んでください」

「それじゃお言葉に甘えて…ハックション!」

「きゃああセンパイ!マスクマスク!」



若干追い出されるように早退した王泥喜は、自宅につくといよいよ具合が悪くなった。しまった、病院行くべきだったと後悔しても時既に遅く、王泥喜はネクタイとベルトだけ外してベッドにもぐり込んだ。

(ベストも脱げば良かった)

横たわった身体は王泥喜の意識に応える気は無く、そのまま沈むように闇に落ちた。





まとわりつくような気だるさに、王泥喜は目が覚めてしまった。頭から腹の方まで酷く熱く、手足もジンジンする。何より酷く渇いていた。身体が水分を求めているのだとぼんやり思った。

「み、水」

「あ、待ってね、今開けてあげるから」

声の方に目をやると、ベッドの横で名無しさんがペットボトルの蓋を開けたとこだった。

「起きれる?」

「う、うん、なんで」

ココにいるの?と聞くつもりだったが、目の前に差し出された水を煽るように飲んでいた。

「成歩堂さんから、法介クンが風邪引いて早退したって連絡がきたの」

「んぐ、そうだったんだ」

なんともありがたい上司の気遣いに、王泥喜は心から感謝した。そう思ってる間にも、名無しさんは王泥喜の額に手を当てたりタオルで顔や首回りの汗を拭ってくれている。

「ひどい熱ね、病院は寄らなかったの?とりあえず今着てるもの脱ごうか」

彼が眠っている間に、どうやら着替えを用意してくれていたらしい。感覚の無い手でベストのボタンを外そうとしたが、1つ外すのもだいぶもたついてしまった。2つ目からは名無しさんが手伝ってくれる。

「身体も拭いてあげるからね」

「ありがと」

普段なら照れてしまう状況だが、王泥喜は素直に彼女の言葉に従った。流石に下着まで代えて貰うわけにはいかないので、そこんところは少々あちらを向いて頂いたのだが。

「汗でびしょびしょだね、気持ち悪かったでしょう」

そう言いながら背中を拭ってくれる。温めのタオルが心地好い。

「わざわざ来てもらってごめん。仕事だったよね?」

「そんなこと気にしなくていいの、はい」

腕上げて、と目で言う。素直に従うと新しい肌着を着させてくれた。その上からパジャマに袖を通させられる。暑い、と不平をこぼせば我慢我慢、と頭を撫でられた。子供扱いされても腹立たないのは、きっと弱りきってるからだろう。彼女は素直な王泥喜を寝かせると、少し考えるような素振りを見せた。

「シーツは明日代えようね」

「ん、泊まってくの?」

「いや?」

「いいえ、イヤじゃないデス」

嗚呼、風邪など引いてなければ良かったのに。額に冷却シートを貼られながら、王泥喜は心の中で嘆いた。

「後で果物用意してあげる。薬も飲まないといけないし。他に何かしてほしいことあったら言ってね」

頭を優しくナデナデされる。ここは素直になった方がナニかと良い。

「じゃあキスしてほしいな」

我ながら突拍子も無いオネダリである。目を丸くする彼女に王泥喜は悪戯っぽく笑って見せた。

「もう、言っとくけど私が風邪貰って治してあげようなんて思ってないからね」

そう言って王泥喜の頬っぺたにちゅ、と軽く触れた。

「名無しさんが風邪引いたら、俺が看病するよ」

その時はどうぞよろしく、と彼女は笑った。




結局準備万端の名無しさんは王泥喜の風邪を貰うこと無く、彼のご快癒後も元気に出社していった。

(うーん、ちょっと残念)





2015,9,26

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