G dream

□今日は〇〇モードです
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「ナルホド君、お昼どこで食べようか」

彼女と今話題(らしい)の映画を見た後、昼食を何にするか議論していた。まぁ議論というほど白熱することもあまりない。余程の事が無い限り、主導権は彼女にあるのだ。

「そうだなぁ、オススメはあるかい?」

待ってましたと言わんばかりに名無しさんが笑った。聞いておきながら、実はもう食べたいものが決まってるのがお決まりだ。

「この前和食にしたから、今日はイタリアンがいいの、いい?」

「モチロン、それじゃ行こうか」

それを合図とするかの様に、名無しさんは成歩堂の腕に抱きついてきた。

(今日は甘えモードかな)

彼女は仔犬のようにジャレついてくる時と、一定の距離感を保つキリっとした猫の様な時がある。どちらかと言うと今は前者だ。以前それについて何か意味があるのか聞いてみたが、本人は意識した事が無かったらしく、恐らく気分だろう、という結果でその話題は決着がついた。
だがそれよりも少々気になることがある。
彼女は普段、特に外出している時や他に人がいるところでは《ナルホド君》と呼ぶ。そういう時はほぼ決まって《キリっと猫モード》だ。それだって別に気にしたことはない。特に意識するまでもないモヤが濃くなったのは、マヨイちゃんの一言だった。

『ナルホド君と名無しさんさんって、ホントに付き合ってるの?』

なんかよそよそしいよね、と彼女にトドメを刺され、帰宅して暫く考え込んでしまった。でも結局それも気分か、気恥ずかしさからのものだろうと勝手に結論付けた。彼女が成歩堂の名前を呼ぶときは、もっぱらもっと親い、マヨイちゃんに話すにはそぐわない状況である。

(だからいいんだ、《ナルホド君》で)

呼び方にイチイチ目くじら立てるほど、彼もそう若くもない。他人の様だと言われたのが、なんだか付き合ってることを否定されたみたいでちょっぴり傷付いただけだ。

「どうしたの?なんか悩み事?」

大したことではないはずなのに、店内で席についても考えてしまっていたようだ。名無しさんが心配そうに見つめてくる。

「悩み事、なのかなぁ。大したことじゃないんだ、ちょっと気になっただけ」

そこで話題は終わるかと思ったが、彼女の目がそれを許してなかった。それも名無しさんが彼を想うがゆえだろう。成歩堂は観念した。

「この間キミの《モード》の話をしただろう」

少し考えてそういえば、という顔をした。彼女にとっては何気ない会話の一部でしかなかったのだろう。

「それで、呼び方も気になったんだ」

「ふぅん?」

ランチセットのサラダを食しながら目で続きを促す。

「普段ボクの事《ナルホド君》って呼ぶだろ。それがなんだか他人行儀みたいだって言われてさ」

「あは、だからモードの話も出てきたのね」

「そうなんだ、で、実際どうなんだろうと思ってね」

どうって?と首を傾げる。折角フォークにまとまっていたサラダがぱらぱらと崩れて落ちた。

「ボクの名前を呼び分けるのには何か意味があるのかなぁって」

この前みたいな答が出るのかと予想していたのだが、少々違うらしい。何やら考え込んでいる。

「え、フカイ意味があるんデスカ?」

予想外の反応に冷や汗が流れた。もしかしてお付きあいしているのが自分の勝手な思い込みだったらどうしよう、とまで悪い考えが脳内を巡った。それについて、前例が無いわけでもない。

「意味なんて無いよ。語呂がいいというか、呼び心地がいいというか、それくらい」

ではどうして一瞬、迷いの様な物が見られたのか。成歩堂はますます不安になった。それが顔に出ていたのだろう、彼女は慌ててホントに!と強調している。

「それもホラ、そういう《モード》みたいなものだから」

これ以上はおしまい、と少々強引に話を打ち切られてしまった。怒ってるのか、それとも動揺してるのか。

(あれ?照れてるのかな)

よく見ると僅かに唇を尖らしている。目も合わせてくれない。
それでなんとなく彼女の胸中が想像できた。

「つまりボクの名前を呼んでくれる時は《らぶらぶモード》ということかな」

「ぶっ!ばか!」

すっかりご機嫌を損ね、デザートを2つも注文する彼女を眺めながら、外でする会話ではなかったかな、と成歩堂は思う。

「ボクのケーキも半分あげるから、機嫌直してくれないかな」

ちらりとこちらを見る彼女の目に、もう怒りの色はなかった。

「全部くれるなら許してあげる」

苦笑いしながらケーキを献上する。目を合わせ、微笑みあう。
この調子なら、今宵も《らぶらぶモード》を拝むことが出来そうである。
安堵した成歩堂は、彼女の嬉しそうな顔を眺めながら、食後のコーヒーを堪能するのだった。





2015,9,21

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