G dream

□お菓子はシアワセを運ぶ
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「あそこのタルトは女の子に絶対喜ばれますよ!」

オチたも同然です!と職場の同僚に教えられたお店のショーケース前で、王泥喜は10分ほど悩んでいた。レジに到達するまでの順番待ちの時間も入れれば、もう30分近く経つかもしれない。もう何人に順番を譲ったのかもかわからなかった。
今日は恋人、名無しさんの家に遊びに行く約束をしている。いわゆる《おうちデート》というやつだ。同僚の女の子に手土産としてオススメされたお店に立ち寄ったのだが、混んでるわ種類は多いわで王泥喜はすっかり困惑していた。実際種類が多いというより、似たようなケーキ(タルトというべきか)が並んでいて、どれを選べばいいのかわからない。わからないから決まらない。

(何で同じイチゴなのに4種類もあるんだ)

イチゴに限らずチョコも3種類くらいある。女の子の細かい好みは王泥喜にはまだわからない世界かもしれない。

「そんなトコロで何してるんだい」

聞き覚えのある声に顔をあげた。店の入り口の方へ視線をやると、いつもなら会いたくない知人が腕を組んで佇んでいる。と思わず表現してしまうくらい、それだけでサマになる男が立っていた。

「牙琉検事!丁度いいトコロに」

「大方愛しい恋人への贈り物が決められず困っている、というところかな?オデコ君」

まさにその通りです、と肩を竦めた。牙琉は王泥喜の横までくると、店員さんに小さくウィンクする。これでもう冷たい視線に悩まされる事もなさそうだ。

「彼女の好みは聞いてないのかい?」

「イチゴが好きだったと思うんだけど、何でこんなに種類があるんだ」

「女性は硝子細工の様に繊細で、それでいて気まぐれなのさ。さっきまでショートケーキが食べたかったのに、今はロールケーキも食べたくなってるくらいにね」

それはただの食いしん坊じゃないのかな、と思ったが胸のうちに留めた。

「まぁサプライズならやっぱり見た目のインパクトも重要だと思うよ」

「なんでサプライズだってわかるんだよ」

牙琉はふ、と笑う。何でもオミトオシとでもいう顔をされた。

「事前に買うことを連絡してるなら、何が欲しいか確認してるだろ、普通」

やれやれ、とため息をつかれる。
ああやっぱり会いたくなかったな、と王泥喜は肩を落とした。




結局一番イチゴが多く乗っているタルトにした。イチゴ以外の赤いフルーツもゴロゴロ乗っていて、見た目も一番派手なやつだ。好みがわからないのでインパクトで勝負という結果に落ち着いた。
牙琉に簡単な礼と挨拶をして別れると、王泥喜は急いで彼女の家に向かった。とても待たせてしまっているだろう。セキュリティのしっかりしたマンションのホールで、いまだ慣れないインターフォンを押す。彼女の応答がいつもより遅い気がした。

「ごめん、遅くなって」

『ううん大丈夫、今開けるから』

言い終わる前に横のガラスのドアが開いた。少々駆け足でエレベーターにむかい▲マークを押す。焦ってるせいか、自動で開閉するドアもまどろっこしい。
目的の階に付くと、早足で通路を右折する。すぐに目的の人物の姿が目に入った。王泥喜はもう一度ごめん、と謝った。

「ううん、何かあったんじゃないかと思ったけど、何でもなくて良かった。さ、あがって?」

名無しさんの部屋は少々広めのワンルームだった。今時のオシャレな部屋は収納も充実してるらしく、あまり目につく収納家具がない。窓側にセミダブルのベッドをがあり、木でできたこれまたオシャレな仕切りがそのベッドを隠している。その横にテーブルとソファがあった。何度かお世話になっているそのソファに、王泥喜がかしこまらずに座れるようになったのはつい最近の事である。
そしてお互いいつもと違う事に気付いた。王泥喜は部屋中に充満する甘い匂いに、名無しさんは王泥喜の持つ紙袋に。互いに目を合わせ、少々気まずくなる。

「ええと、お土産持ってきたんだけど」

「ありがと、それ人気のお店の?嬉しいなー。お茶淹れるから座ってて」

そういって彼女はキッチンでお茶の用意を始めた。といっても既にカップとポットが用意されており、電機ケトルもとうに役目を終えてランプは消えている。王泥喜は座らずに名無しさんの後を付いていった。

「ねぇ、いい匂いがするんだけど…」

「えーと」

隠す暇があるはずもなく、キッチンにお茶の用意とは別に焼き菓子が皿に並んでいた。

「俺そっちの方がいいな」

焼きたての、それも大好きな彼女の手作りに勝る物などないだろう。例え砂糖と塩が間違っていても、食べきる自信がある。

「お店のタルトの方が美味しいよ?これは包んであげるから」

下げられそうになった焼き菓子を王泥喜は慌てて取り上げた。

「じゃあ両方って事にしない?俺のタルトも名無しさんにあげるからさ」

「ふふ、そんなに食べれないよ」

そう言いながら焼き菓子回収の手が止まった事に、王泥喜はひそかに安堵のため息をこぼした。ついでに可愛いお茶のセットの乗ったトレイもテーブルに運んだ。ポットには既にティーバッグが入っている。もうお湯を入れておいても良さそうだった。

「わぁスゴい!綺麗!」

タルトの箱を開けた彼女は喜色満面に声をあげた。大層嬉しそうにお皿に並べている。

(買ってきて良かった)

名無しさんは足取り軽く、タルトを乗せた皿を2つ持って王泥喜の斜め向かいに座った。食事をする時はソファに座らないのだ。王泥喜もソファの向かいで直に座っている。

「やっぱり2つも食べれないから、法介くんの少しちょうだいね」

「喜んで」

彼女が紅茶を注ぐと、更に良い香りが拡がった。甘い菓子と実に良くマッチしていると思う。

「これ、なんていうの?」

王泥喜は焼き菓子を1つつまんだ。見たところ具の入ったカステラに見えるのだが、自分の残念なセンスは口にしない様普段から気を付けている。

「パウンドケーキっていうの、生地作って好きな具材いれて焼くだけだから簡単なの」

女の子の簡単は、男の子にとって簡単でない事は王泥喜にも察しがついた。素直に凄いなぁと称賛の声をあげる。
食べてみると、まだ温かいそのパウンドケーキは不思議な香りがした。つづいてほのかな甘さと、ナッツの食感と香ばしさ。

「うまい、これ本当に美味しいよ」

ただ香りの正体がわからない。くんくんと匂いを嗅いでいるのを彼女に見られてしまった。

「それね、ダージリンっていう紅茶を使ってるの。ナッツと合うかなと思って」

「紅茶かぁ、なんか嗅いだ事あるなと思ったんだけど、お菓子になるとわかんなくなるんだな」

「そうかも」

名無しさんは王泥喜の残念なセンスに落胆する素振りを見せた事はなかった。いつもやさしく答えてくれる。そんな穏やかな時間に王泥喜は癒しの様な物を感じていた。

「タルトもすっごく美味しいよ、ここの食べてみたかったんだぁ」

ごてごてに乗ったフルーツとクッキーの様な固い土台を、フォークで上手いこと割って一緒に食べている。王泥喜はてっきり、手で持って食べるのかと思っていた。

「法介くんのは生チョコのタルトかな」

たしかそんな名前だった気がする。光沢の美しいチョコでコーティングされたそのタルトはアクセントに金箔が飾られ、見た目には大人っぽいのだが、実は一番食べやすそうなのを選んだのは内緒だ。

「食べる?」

「うん、一口ちょうだい」

あーん、とおねだりする様に小さく口を開けて見せた。そういう仕草にどうも弱い。まごまごしているとまだ?まだ?とまた口を開けるのだ。

「はいどーぞ」

雛の口に運ぶ様な錯覚を覚えながら、名無しさんの口に生チョコタルトをお届けした。ううん、と眼を瞑って味わっている。

「濃厚だねー。これも美味しい」

「良かった」

彼女が嬉しそうに頬張るのを幸せな気持ちで眺めていると、おねだりと勘違いされたのかイチゴのタルトを一口差し出してくれた。

「はい、あーん」

「あ、あーん」

こんな姿知り合いには絶対見られたくない!と思いながらも、王泥喜は天にも昇る思いだった。







同日同時刻 成歩堂なんでも事務所

「今頃うまいことイチャイチャしてますかねー」

希月は愛用のPCにデータを打ち込みながら、独りごちに呟いた。

「オドロキ君?そういえば今日デートだっけ」

今日も暇をもて余し気味の成歩堂は、拡げていた新聞から希月に目をやった。

「そうですよ、もうおうちデートなんてバカップル全開でラブラブに違いありません」

女子はこのテの話が好きである。希月はいいなぁと手を止めて頬杖をついた。

「希月さんはイイ人いないのかい」

「絶賛募集中です」

紹介を頼まれたら、彼女にオススメ出来る知人はいないなぁ、などと勝手に考えた。

「明日先輩から根掘りハホリ聞き出すんです!楽しみだなー」

「ほとほどにしてあげようね」

きっとみぬきと希月に怒濤の質問攻めをくらうのだろう。

(大変だな、オドロキくん…)

明日の彼の至難を想像しながら、成歩堂は再び新聞に目を戻した。





2015,9,17

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