novel
□家出少年
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雨の日は色んな訪問者がやって来る
今日は助手は公休だ
業務もあまり稼働しておらず、時間を持て余し本を読んでいる所だった
忙しない毎日と比べ静かな事務所は久しぶりだ
たまにはこういう日も悪くない
まったり浸っていると、ふと、雨音に混ざりどこか遠くで鈴の音が聞こえる
チリン、と高い音。小振りであろう可愛らしい鈴の音
…聞き覚えのある音だ。はて、どこで聞いた事があっただろうか?
ぼんやりと考えていると鈴の音が近付いて来たと共に間延びしたインターホンの音が室内に響いた
アポもないし、誰だろうか。本を置いて腰を上げる
入口の扉を開けると、そこには自分と同じ位の身長の金髪ボブ猫耳少女ー…いや、少年がふてくされた顔で立っていた。
なるほど、
「明か」
猫耳少年の明は頬を膨らませ二股の尻尾をパタパタと揺らしている。
聞き覚えがあったのは彼の耳飾りの鈴だ
「所長ぉ〜、暫くかくまってぇ〜」
いきなり何の事やら。
雨凌ぎの番傘に大きめの鞄を持っていて随分用意周到じゃないか
「唐突だな〜…ま、取り敢えず中入れ」
何だか面倒くさい事になりそうだ
番傘を預かり傘立てに入れると鈴を鳴らしながら慣れた様子でズカズカと横切りソファーにどっと腰掛ける明。
「も〜!聞いてよ所長!蜜楼館の太客がしつこいったらもう!アタシ疲れた!暫く館には帰らないんだから!」
「そんな事だろうと思ったよ」
「それに久しぶりに人間界の観光もしたいしねー♪」
相変わらず、よく脱走する奴だという事はわかっているから特に驚きもしない
明はあやかし界に住む妖怪、猫又だ。
妖狐雪蓮華の甥で、雪の風俗店で男娼のような事をしている。
次元が歪む雨の日にこうして人間界とあやかし界を行き来して遊び回る放浪癖がある。
人間離れした容姿と、普段から女物の服を身に付けているため見た目は16〜7の少女にしか見えない。
だからこっちに来る時はいつも気を付けろと言っているのに。
「そんな派手な格好で来たら目立つだろ」
「あ、この着物新しいの!どう?可愛いでしょ!」
短い丈の藍色の着物にボリュームのある紅い帯。くるくる回りながらポーズを決める姿はまるで無邪気な子供だ。これで俺より何百歳も年上なんだよな。感覚が麻痺しそうだ。
それよりそんな尻が見えそうな丈だと腹が冷えるだろうが腹が。
ひたすら喋る明の自慢や愚痴に適当に相槌をうちながら茶を出す
やっとひと段落ついたか、大人しく茶を啜り始めたかと思うと、
「あっ!そういえば!!」
と、急に声を張り上げる明。
「さっきアタシ、強面のお兄さん達に絡まれたんだけど、玲二に似てる人が助けてくれたの!!」
「玲二?」
「あっ、所長は〜、そっか、知らないか!」
語彙力がないというか、もっと話を整理してから話してほしい。感情が先に出過ぎてて状況が把握出来ない。
絡まれた?襲われた?言わんこっちゃない。
そんな事は他所に明は瞳をキラキラと輝かせながら、意気揚々に語り出した。
「玲二はね、アタシの元彼!でも、ずっと昔に死んだからいる筈がないの。それに、玲二はあやかしだから人間界にいる筈もないし、でもね、本当にそっくりだったの。誰なんだろう…」
「その助けてくれた男は?」
「そうそう!凄いのよ!怖い奴らを一瞬でねじ伏せてくれて、強くてカッコよかったわ〜♡玲二かと思って固まってたらすぐ行っちゃって、お礼すら言えなかったけど…」
まるで恋する乙女だ。
「んん、恋人にそっくりな男か。他人の空似だとは思うが、転生の可能性もあるかもしれないな。」
「うん…また、会えないかなぁ」
急に物憂げに呟く明。死に別れた恋人に助けられたようなものだから無理もない。
しかし、そんなに偶然のタイミングで巡り会えるものなのか?
「やっぱりアタシの美しさに惹き寄せられたのかしらね!?転生したからもう一度付き合って下さい♡みたいな!?」
ああ…これが何日か続くのかと思うと頭がクラクラして来た…