□おひさま紙風船 番外編
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時間と言うものは、割と早く過ぎてしまう。

「あきくんあそぼ」

「はい、あび様!」

僕が初めて会った時、主君はまだやっと赤ん坊を卒業した頃で、短刀の僕ですら見下ろせてしまうほど、小さい女の子だった。

お気に入りの絵本一つ、手にするのにも多少よろけてしまう主君。

そんな彼女の遊び相手をするのは専ら僕[秋田 藤四郎]が多くて、たぶんそれはこの本丸で他の兄弟達よりも僕が小さかったからだと思う。

身なりが小柄だったからこそ、この見た目が大人ばかりの本丸に連れてこられた主君は、誰よりも一番最初に僕に打ち解けてくれたんだと、そう思えば、暖かい何かで胸の辺りが埋め尽くされた。

「これね、おひめさまってゆーのよ。それで、こっちがおーじさま」

「はい」

小さい指でこれはこれはと、指をさして懸命に教えようとしてくれる主君が大事に抱えている絵本は、ここに来る前、最後に両親から貰った物らしい。

本人はそれを理解できるほどまだ知恵が出来ていないけど、たぶんなんとなく分かってるんじゃないかって思うんだ。

「いーなぁ」

「何がですか?」

「おひめさまは、おーじさまきてくれるでしょ?あびもおひめさまなりたい…………したら、ひとりぽっちじゃないもの」

俯いてしまった主君に、どう声をかければ良いか分からなかったけれど、

「じゃ、じゃあ!僕が主君の王子様になりますよ!」

つい口を突いて出てしまった言葉に、

「ほんと?」

お天道様みたいにキラキラした顔で主君が笑ってくれるなら、それでいいと僕も笑う。

あの日から、僕はこの小さいお姫様の王子様だった。

「やぁーもちょっとしゃがむの!」

「こう、ですか?」

「ぅんしょっ……………はぁーかきた!」

柱にガリガリとお互いの身長を書きあっては、

「あきくんあびよりおっきいねぇ」

「しゃがんじゃいましたけど、大きかったですか?」

「うん!ほら」

ニコニコとどちらが小さいか大きいか言い合い笑う日常。

「あーきくん!ほっ!」

トテトテと駆け寄ってきては、僕に抱き付く主君をこれからもこうして抱き止めるのだろうと、そう思っていた。

いつからだろう。

背伸びをしていた主君の踵が、宙に浮かなくても良くなったのは。

いつからだろう。

その目を、同じ高さで見れるようになったのは。

それでもずっと何をするにも、

「あきくんはあびのおーじさまね」

貴方がそう言ってくれるから、僕は陽だまりの下に居られたんだ。

ずっと、ずっと。

その内、何度も季節が移り変わって、大切な絵本も少しずつボロボロになっていって、そうする度に、主君と僕の視線が離れていった。

柱の傷が片方だけ増えていって、もう一つの線が深く刻まれる頃、

僕は、木面を削るのを止めた。

容姿は童子でも、中身はそこそこに成長する。

そうなれば嫌でも分かってしまった。

同じぐらいだった目線が変わってしまった理由を。

首の後ろが、時々痛くなってしまう原因を。

同じ距離を歩く、速さが違う訳を。

時間と言うものは、割と早く過ぎてしまう。

主君と僕の瞳の距離は、この先離されることはあっても、縮まることは無いのだろうと、誰に言われなくとも理解した。

僕はいつのまにか嘘吐きになってしまったから、「気にしてない」と笑っては貴方にも自分にも嘘を吐いている。

でも、それでいいんだ。

貴方に余計な心配は掛けたくないから。

お天道様みたいにキラキラした顔で貴方が笑ってくれるなら、

たとえもう僕が、お姫様の王子様になれなくても。

「あ!いち兄ぃ酷い!!」

「やはりあび殿は小さいですな、なぁ、太郎殿」

「確かに。時々突けば壊れてしまうような気さえするんですよ」

「そんな弱くないよ!立てるよ!もー」

「そう膨れっ面にならないで下さいませあび殿」

「やぁーいち兄ぃ!髪ぐしゃってなる!ぐしゃって!」

兄である一期一振と、背丈が本丸の中でも特に大きい方の太郎太刀が、何ごとかを主君と話しては、怒る主君の頭を撫でていた。

たった、それだけのことだったけれど。

「あび…………さま」

「あれ?あ、秋くん!」

僕の涙は限界だったみたいで、

「僕……ぼく、これ以上、大きくなれないんです」

驚いた顔の貴方が霞んで、頬に幾筋も水の道が出来た。

嗚呼、情けない、頼りない。

これではただ悪戯に主君を困らせてしまうだけではないか。

そう分かっていても、この蛇口の止め方が分からなかった。

「これじゃ、ぼく、あびさまの、お、」

「王子様よ」

強く、けれど優しく抱き締められてハッとする。

「秋くんはずっと私の王子様よ。どんなことがあってもそれは変わらないの」

昔と同じ目線に、主君の顔があって、少し困ったように笑いながら頬の涙を指て拭われた。

「それとも秋くんは、もう私の王子様で居るの嫌になっちゃった?」

「いえ、そんなこと!」

絶対にあり得ないと言い切れる。

自分から嫌になるのなら、その地位に縋って泣いたりなどしないから。

「良かった、秋くんはこれからも私の王子様よ。分かった?」

「はい!はい!!!!」

擦り寄せられて重なった頬と頬。

きっと主君はいま、お天道様みたいな笑顔で居るけれど、もう少しだけ、それが見れなくても良いと思った。



「って、ゆめみたぁ」

「は……はぁ」

朝っぱらから寝起きの悪い筈のあびが、何故か粟田口部屋の襖をスパーンと開け、そのまま、

「あきちゃぁぁぁあああん!!!!」

とダイブして来たものだから、寝起きの微睡みを豪速球で投げ飛ばして、超起きた。凄い起きた。

五虎退なんかはあまりにもびっくりして「なんですか?奇襲ですか?なんですか?!」と、半泣きでパニック起こしているし、恐らく秋田も乗っかられたのが自分で、しかもその主が何故かぐしぐし泣いてなきゃ、同じように狼狽えていたと思う。

寝起きから「うわぁーん」とあびが大号泣してるのに、その足にふんずけられても、むしろ背中を足置きにされてても、爆睡出来てる乱藤四郎はある意味最強かもしれない。

とりあえず泣きじゃくるあびを宥めて、理由を聞いてみれば、上記のことを嗚咽交じりに語られて、キョトンとした。

「あきちゃんあびのおーじさまなのよぉぉぉ」

「えっ?!あ、はい?!王子様です???」

秋田の兄の方が余程王子っぽい身なりをしているし、そもそもあびは自分を「あきくん」ではなく「あきちゃん」と呼んでいるし、今目の前にいるあびは、大人どころか、自分と同じサイズさえ危ういほど小さいけど、

「あびのおーじさまなのー!!!!」

「なら主君は僕のお姫様ですね」

「うん!!!!」

目を拭って首に巻きついた暖かさが心地良かったから、このままでいいやと笑った。



どこかの小さい2人の話。

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