□おひさま紙風船
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言われるがままに連れて来られたのは、少し埃の溜まった大きなお屋敷。

着なれない窮屈な着物に合わせて、裸足で下駄を履いてきてしまったから、薄く降り積もった埃の上を歩けば、小さな足跡が一つずつ転々と残っていった。

季節柄、寒くはないけれど、寂しい場所だと思う。

「今日からここが、君の家。[本丸]だよ」

そうとだけ呟いた男は、敷地内に入るつもりはなかったようで、門の前で軽く手を振っていつの間にか消えてしまっていた。

話に聞いただけでは、ここにはもっと大勢の[誰か]が居たらしいのに、いまは自分の呼吸一つ以外、誰の気配もしない。

正直、怖かった。

どんなに明るくても、どことなく薄暗い雰囲気のここは。

恐る恐る覗いていった部屋の中に、転々と落ちていた刀が何故か妙に怖くて、知らないうちに視界が水に埋まっていた。

いつも姉が楽しそうに語っていた場所は、どこか違う所なのかもしれない。

だからここには何一つ、姉が居た面影が無いのかもしれない。

それならすぐにでも逃げ出してしまいたかったけれど、最低限部屋の全ては見回ろうと思って、次に開いた室内に足を踏み入れてみた。

「ひっ……」

物凄く大きな刀がある。

刀のことはよく知らないから、それがどんな名称なのかは分からなかったが、持とうとすれば、簡単に押しつぶされてしまうだろう。

まだ6歳になったばかりの幼子が、この刀の下敷きになれば、どうなるかは言われなくても分かった。

幸い、刀は立てかけられていたのではなく、床に置いてあったので、試しに少し触ってみる。

家に帰ってくることはほとんどなかったが、一度だけたまたま会えた時、姉は魔法のような不思議なことを刀を使ってやって見せていた。

もしあれが自分にも出来たのなら、今ほんの少しは寂しいのも怖いのもなくなるのだろうか。

そう考えて、だけど小さく首を振った。

出来るも何も、特別記憶力が高いとかそう言った何かしらの能力には全く秀でていなくて、一度しか見ていないことは、当然ながら覚えていない。

あの時もしこうなることが分かっていれば、もっと注意深く見ていたけれど。

大雑把な手の動きだとか、動作とか、部分部分でなんとなく真似してやってみても何か起こるはずもなく、諦めて次の部屋へ行こうと立ち上がりかけた時、視界が光で白くなる。

何かが動く気配がしたのと同時に、空気が綺麗になった気がした。

「主……では、無いようですね」

思わず顔を覆った掌をおずおずと外せば、耳に届いた聞きなれない声。

先程まで大きな刀が鎮座していた場所に、黒と赤の和服を着た、長髪の男が立っていた。

「女童……。何故、貴方のような童子が此処に居るのですが?」

「あ……」

言わなくちゃいけない。

たぶん、どうしてかは分からないが、あの時姉がしたことと同じことが出来たのだ。

と言うことはつまりこの人は、

「ねーねのかたな」

「はい?」

「ねーねのかわりに、あたらしくきました。さにわだいこーの……あび……です」

来る前に教えられた内容をそのまま伝えれば、目の前の男は怪訝そうに眉を寄せる。

「ねーね……とは?」

この先、これから、長い長い時間が始まることを、だけど今は誰も知らなかった。




少し前まで、姉は何かとても大変な仕事をしていたらしい。

そのせいで、家に帰ることを制限させられていた。

姉に電話をすることは禁止されていたから、何日か置きに手紙を送る。

難しい漢字はよく分からなかったから、見よう見真似で書いていたけど、宛て先は[さつま]と読むらしかった。

数通に一回だけ返ってくる姉の手紙には、いつも「誰々が煩い」だの「最近新しく仲間が増えました」だの、割と騒がしそうな日常が綴られていて、姉は幸せなのだと思っていた。

突然姉が、消えてしまうまでは。





「それで、主の代わりにと?」

「うん」

正座をするあびは、問いかけられた質問に頷く。

「私はよく存じませんが、何度か[妹]から文が来たと言っていたような」

「えっとね、あの」

「嗚呼、失礼しました。私は太郎太刀。先程ご覧になったでしょうから分かると思いますが、大きさ故に、現世に私を扱える者はそう居ないかと」

表情一つ変えずにあくまで淡々とそう話す長身の男、もとい、太郎太刀にあびはと言えば、だいぶ臆していた。

なんせとてつもなくデカい。

今まであびの周りに居た人々は、こぞってみんな平均的な日本人らしい日本人だった。

どう言うことかと言われれば、まぁ、男女関係なくそんなに大きくない。

そんな背丈に目が慣れていたあびにとって、目の前の身なりや容姿は限りなく日本人っぽいが、とりあえずデカい太郎太刀は、軽くカルチャーショックだったりした。

「えっとね、たろちゃんは……」

単純に滑舌の問題で[たろうたち]が言いずらかった為に、勇気を出して[たろちゃん]と呼んでみたが、一緒眉を顰められただけで流される。

「ねーねのことしってる、えと、です?」

「いいえ、詳しくは。残念と言うべきなのでしょうか、私は主の気に入りではありませんので。まぁ、必要最低限のことなら存じていますよ」

「ひつよーさいてーげん?」

首を傾げれば、返答が返ってきた。

「例えば、おなごであるとか、神通力を使用できる等。それから私の主である、とそんな感じですかね。飛び抜けて深い内容は、他の者が把握しています」

「でも、たろちゃんのほかにいない、です」

あくまで自分とあび以外にも他に存在する程で話され混乱する。

今まで見回ってきたが、あの謎の力が出てこの太郎太刀が出てきた以外、第三者の存在は皆無だった。

「でしょうね。数ヶ月も手入れをされずに、しかも力の源である主が離れて放って置かれれば、流石に力も尽きるでしょう」

サラリと、流すように言われた内容に、

「みんないるの?」

と問えば、

「おりますよ。彼方此方に転がっているではありませんか」

と返される。

幼いとはいえ、少しだが言葉の意味を理解しているあびは、[転がっている]と言う単語に一つの結論を導き出した。

「かたな?あのかたなぜんぶ?」

「ええ、そうです。どうやら貴方は殆んど何も知らされぬままここに来たようですね」

思い出すのは先程みた光景。

埃の積もった床に、寂し気にぽつんぽつんと散らばった刀達。

あの全てが、この太郎太刀のようにかつては息吹を受け人の形をしていたとすれば、

「……………むつかしい」

想像していたよりもずっと物事は大きいのだと、納得せざるをえない状況に、いつの間にか剥がれてしまった拙い敬語に気付いた太郎太刀は、けれど何も言わずにただ冷ややかな視線を幼子に向けるだけだった。
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