□おひさま紙風船
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今日の夕飯が並ぶ大広間には、既に殆ど全員集まっていた。

しかし長机の1番端、所謂お誕生日席はもぬけの殻。

ここ数日でそれが当たり前になってしまった現状に、多少なりとも頭が痛くなる。

本来ならお誕生日席のすぐ横に座るべき近侍の太郎太刀が、けれどその大きさ故に遠慮してか、1番後ろの方で無表情で座っていた。

小さな審神者は自室に籠もって、何をしているのか、或いはこの1ミリも動かない太郎太刀を待っているのか。

どちらにしろあび本人が居ないのは、今の光忠には些か都合が良かった。

今から光忠がしようとしていることを、あびにはあまり聞かせたくない。

「ねぇ、みんなちょっと良いかな?」

夕餉の始まりである「いただきます」の音頭は、だいたいいつもその日の食事当番が請け負っていて、今日はこれまた都合良く光忠が食事当番だった。

挨拶をする訳ではなく、口を開いた光忠を、何事かと皆が注目する。

そんな中、太郎太刀だけは先程から変わらず無表情で鎮座したままだった。

「みんなさ、これで本当に良いと思ってるの?」

「何がだと」言う視線に負けじと言葉を続ける。

「確かに僕達を作ってくれたのはあびちゃんのお姉さんだけどさ、だからっていつまでも居なくなった主のことを思って、それで今の主を蔑ろにしていいのかな」

少しだけ賑わっていた大広間が、静かになった。

「確かに、あの人がいつか帰ってくるって希望を僕だって持っているよ。だけど、なら、力が尽きてこうやって実体を保つことが出来なくなった僕達を、もう一度此の世に呼び戻してくれたのは誰だい?」

その背中に背負うには、あまりに重過ぎる責を課せられて、けれど頑張ろうと必死になる子。

何も分からないのに、それでもなんとかしようと躍起になって、どんなに泣いても決してこの本丸から逃げようとはしない。

そんなすぐに壊れてしまいそうな自分達より遥かに脆い存在を、僕達が護らなくてどうするんだ。

「あびちゃんだよね」

そう光忠が呟いたのと、各々がバラバラのタイミングで俯いたのは、たぶん同時だったと思う。

そんな中、

「だけどあのチビは俺の主じゃないよ」

と清光が言った。

「加州、」

「確かに主と同じ血縁者かもしれない。主と同じ力を持っているかもしれない。だけどアイツは、あのチビは、俺の主じゃないんだ」

下唇を噛み締めて苦々しく吐き出す清光に、これは中々突破するのは難しいかもねぇと光忠は考えていたが、

「……俺逹を此処に生み出した主ですら俺逹を置いて居なくなっちゃったんだ。なのに俺逹を生み出してもいないあのチビが、絶対に俺逹を捨てないって「いってきます」って言って、そのまま帰ってこないことがないって、そう言い切れるの?ねぇ?」

もう一度置いて行かれるくらいなら、もう二度と誰にも心を許さなければいい。

ただ、寂しくて寂しくて不安で不安で仕方がなかったのだと悟る。

「(無理もないね、)」

だって加州清光と言う刀は、あびの姉の、1番初めの刀だったから。

この本丸の誰よりも、あびの姉との時間が長い。

それは反発しても仕方がないと、納得してしまう。

意図せずに長い沈黙が、一室を埋め尽くした。

ここからどう現状を打破しようか、考えあぐねていれば、

「つくづく貴方達はあの女童のことを少しも知らないようですね」

重たい空気を打ち消すように、凛とした声が響く。

「太郎太刀、」

「あびが此処を去って二度と戻らないと、そんな馬鹿らしいことがよくもまあ思い付きますね」

あくまで済ましきった顔で、けれど心の底から馬鹿にしているのがよく分かる雰囲気を全面的に出しながら、太郎太刀はそう呟いた。

「なっ、」

流石に心外だと、誰とも言わずに反応すれば、ヒヤリとした視線に絡まれる。

「あの娘はそんな生半可な覚悟で此処に来てはいませんよ」

ピシャリと言い切った言葉と共に、しゃんっと鈴の音が鳴った気がした。

思わずそう錯覚してしまう、それ程までに、太郎太刀から醸し出る空気が洗練されている。

「確かに女童らしくよく泣く娘ですがね、あびはこれまでで一度も「もういやだ」と言ったことが無いんですよ」

「たろちゃん」と駆けてきて、気の済むまで泣く。

毎日毎回、このまま行けば涙が枯れ果ててしまうのではないかと疑うほど泣きながら、

「鼻をすすりながら「もっかい」ってやろうとするんです。幼いながらに己の姉から受け継いだ任を、必死で果たそうとしているんです」

泣き止めば、次はどうしたら上手くいくのかと考えていた。

あびはきっと、諦めの[あ]の字も知らないのだろう。

「あれはそう言う娘だ。だから私は従おうと思ったんですよ」

期間は短いけれど、1番近くで見て来たからこそ言えることだ。

珍しくふっと笑った太郎太刀に、その場に居た面々は驚く。

「それで、あび。私はこう思いましたが、実のところどうなのですか?居なくなる気はないと、断言しても良いのでしょうか?」

「ぅえっ?!」

突然の振りに、なんとも情けない声が、何故か太郎太刀の後ろから聞こえた。

そろそろと首を傾げて、太郎太刀の黒い着物の影から、あびがひょっこり顔を出す。

「あびちゃん?!いつから居たの?!」

大袈裟なまでに声を張った光忠に、「ぴゃっ?!」とあびは萎縮して困ったように眉根を寄せたが、

「主に、初めからだな」

無言を貫き通していた大倶利伽羅が代わりに答えた。

「喧嘩だと思って太郎くんの後ろでオロオロしてて可愛かったよ」

いやに整った笑みを浮かべてそう告げる蜂須賀に、

「前の方まで大将の動揺伝わってきてたぜ」

悪ノリするように、1番前に近い席で薬研がそう言う。

「うー、うー、みんないぢわる」

「それであび、どうするんですか?」

訳が分からないなりに羞恥は感じていたのか、顔を真っ赤にしていじけるあびに太郎太刀がそう問えば、

「?なにが?」

キョトンと首を傾げられた。

「あびは、もし此処から逃げる方法があるとすれば、逃げたいですか?」

「どして?あびやんなきゃいけないのたくさんあるから、にげたらこまっちゃうよ」

「仮にその役目が無ければどうしますか?或いは、その役目から離れたくなったとしたら」

「んんん???」

よく理解はしてないのか、それでもうむうむ唸って考えるあびの周りに、少なからず緊張が走る。

やがて、

「んー、むつかしいからわかんないけど、あびここすきだからはなれたくない、じゃだめ?いけない?」

そう結論を出したあびに太郎太刀は微笑む。

「いいえ、上出来です」

「あびいーこ?」

「ええ、とても」

「えへへ」

褒められたことが嬉しいらしく、口元に両の掌を当てて笑うあびに、太郎太刀や蜂須賀逹が何故あびの側に付いたのか、分かるような気がする。

そうして少しずつ、絡まった糸がほどけていく気配がした。
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