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□おひさま紙風船
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「ねぇ、あびちゃん見かけなかった?」
一室で思い思いに活動している刀達の中で、爪に赤いマニキュアを塗っている清光にそう問えば、
「知らないよ、あんなチビ」
ぶっきらぼうにそう返され、光忠は溜め息を吐いた。
今日のご飯はどうしようかと、何か食べたいものはないか聞きたかったのだが、あびの自室に当の本人はおらず、まさか居るとは思わなかったが、一応待機中の者達が集う広間に来てみたが、案の定居ない。
ここの刀達は、元々あびの姉に作られた者達で、それ故に今だにあびの姉への忠誠心が硬い者が多かった。
特に、元々[お気に入り]だった刀達はその忠義が相当なもので、それ故に、新しく代わりに連れてこられたあびを、主とは認めずに反発する連中が多い。
斯くいう光忠も[お気に入り]の一つだったが、先日、思わぬ所であびが望んでここに来てはいないことを知ってしまった為に、同じように反発は出来ず、けれど迷いがあってか馴れ合い過ぎることも出来ずに、どうしようかと悩んでいた。
「仕方ないね。もう少し探してみるよ」
別に探さなくてもいいでしょ?と言う問いかけを流し、広間を後にする。
本当にどこにいるのだろうか?
最近では極力自室から出なくなってしまった子なだけに、こうも見付からないとどうしたのかと心配してしまう。
短刀よりも小さいから意図的に隠れられていたとしたら、容易には見付からないだろうが、そんなことをする程、ここはあの子がはしゃげる環境ではなかった。
「困ったね」
溜め息混じりに言葉を紡いだ時、
「こ?」
探していた声が一室から聞こえる。
「そうですね、上手です。ですが、あともう少しここをーー、」
「んー……むつかしい」
「焦る必要はないですから。しっかり上達出来てますし」
「うん!もっかいやる!!!!」
「はい」
珍しく胡座をかいた太郎太刀の足の上に座って、あびが何やらやっていた。
それをまるで指南しているかのように、太郎太刀が補助している。
太郎太刀と言えば、その大きさ故に奉納されたせいか、妙にこの世から一歩引いてるようなところがあった。
あまり口数が多いわけでは無く、用がなければ自分から接触はしてこなかったので、あびの姉の[お気に入り]には入っていない。
だが、
「(今現在、あびちゃんのお気に入りではある)」
子供だからか、とても泣き虫で怖がりなあびが、終始自分を嫌い泣かせてこようとする刀剣達を近侍にするはずがなく、ここにいる刀達が再び目覚めた当初から、あびの近侍はずっと太郎太刀だった。
普段光忠含め他の者を呼ぶときあびは、
「しょくだいきりさん」
とか、
「かしゅーさん」
みたいに、[さん付]なのだが、太郎太刀を呼ぶときはいつも、
「これであってる?たろちゃん」
「もう少し手を広げて、それでいいですよ」
[たろちゃん]と砕けた呼び方をしている。
二人の間に何があったのか知る由もないが、あびが一番信用しているのは間違いなかった。
「こーして、こーして」
「あびちゃん」
「うぇっっ!!!!」
いつまでも立ってるわけにもいかずにあびを呼んでみれば、盛大に驚いた後に太郎の後ろに隠れてしまう。
太郎が一瞬眉をひそめた気もしないが、「驚かせてごめんね」と言えば、あびは恐る恐る首だけ覗いてきた。
「しょくだいきりさん?」
「あび、私を盾にしなくとも普通に前にいればなんとでもしますが」
「うー……」
「難しいですか?」
「むつかしい」
「分かりました」
光忠に視線をやった後に、すぐ太郎に話しかけられてあびが上を向く。
後ろを向いて見下げる様にしている太郎は、なんだかいつもよりどこか嬉しそうな気がした。
「えっとね、なんです……か?」
次にあびの口から出た言葉は敬語だったので、自分に話しかけたのだろうと光忠は解釈する。
「あー、その、今日の夕飯なんだけど、あびちゃん何か食べたい物とかあるかな?」
「ゆーはん」
何故か先程以上に太郎に引っ付いたように見えたのだが、気のせいだろうか。
急に空いてしまった間に、どうしたものかと焦った。
「この間出た夕餉が美味だったと言ってませんでした?」
「む?あーーーゆったよ!」
まるで助太刀。
一時停止してしまったあびに太郎がそう言えば、思い出したように大声を出した。
「(考えていたんだ)」
つくづく自分はこの少女のことを知らないのだと思う。
「あれ、うんと……おとーふの」
「揚げ出し豆腐、ですね恐らく」
「それ!あと、たてがみごはん!」
「炊き込みごはん、です。たてがみだと、とても食べずらそうな挙句に美味でもなさそうなので止めた方が良いかと」
あびが言ったことで不明なところをその都度太郎が直した。
それに対してあびは機嫌が悪くなる訳でもなく、むしろ、くふくふと口元に手を当てて笑ってるから、
「(何この子可愛い!!)」
光忠に軽く、衝撃が走る。
「あ、じゃあ炊き込みごはんと揚げ出し豆腐でいいんだね?」
気を取り直してそう光忠が問えば、あびはコクンと頷いた。
「たろちゃんたろちゃん、おひざすわってもい?」
「好きにどうぞ」
光忠に対する警戒心が薄れたのか、あびがまたさっきと同じように太郎の膝の真ん中に座る。
「あびちゃん聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「さっき、何してたのかな」
話しかける前にあびがやっていたことが気になってそう言ってみれば、
「神通力の練習です」
「やー!たろちゃんゆっちゃやだよー!!」
真顔の太郎が返し、慌てたようにあびが立ち上がり手を上げて止めようとした。
「無理ですよ、届きません」
「むーー」
元々普通より身の丈のある太郎と、元々普通より小さいサイズのあびとじゃ一目瞭然。
「(普段は屈んであげてるのにな)」
「うわっ」
バランスを崩したあびが倒れ込んだのは丁度太郎の胸とお腹の間辺りで、そこからあびはごく当たり前のように抱き付いて頬を膨らました。
「たろちゃんいぢわる」
「すみません。ですが隠すほどのことではないと思いましてね。己の力を高めて、他者から守られる心配を無くそうとするのは、むしろ良いことかと」
「えっ?!」
淡々とそう言われた内容に光忠は絶句する。
「やぁーだ!はずかしいもの」
それに気付かないあびは、ふくれっ面になりながら太郎を軽くペシペシと叩いていた。
「何を恥ずかしがるのですが?寧ろ私は、再び命を与えて貰ったにも関わらず、いつまでも己を捨てた主に執着して、一番か弱いものが必死で頑張っていることを知らないどころかあまつさえ、守るべき者が戦おうとする、その環境こそ情けなくて恥ずべきものだと思いますよ」
太郎の眼光が光った気がする。
それを見ていないあびは唸った後に、
「たろちゃん、あび、むつかしいことわかんない!」
と、まるで呑気な返答を返したが、
「あびは意味が分からなくても良いんですよ」
スッと細められた瞳が言った。
「(「貴方達のことですよ」ね……)」
間違いなくあびにではなくあびに反発する者達に言っている言葉。
光忠自身もここ最近疑問に思ってただけに、
「(仕方ない、僕がなんとかしてみようか)」
頑張れ本丸のお母さん。
きっとだいたいの本丸が君がお母さんだ!