□おひさま紙風船
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一生懸命に頑張れば大丈夫だと思っていたけれど、どうやら問題は山積みのようです。

少しずつ練習に練習を重ねて、なんとか本丸中に転がった全ての刀の実体化に成功したあびだが、予想以上に状況は厳しかった。

「あ、のね、」

「なに?なんか用」

あびの方を見向きもせずに、無心でマニキュアを塗り続ける加州清光に、ぐっと気合いを込めたあびはおもむろに口を開く。

「お、おさんぽ、えと、いっしょいきませんか?」

持ち得る最大の勇気を振り絞ってそう提案するも、

「はぁ?嫌に決まってるじゃん。俺が此処を離れてる間に主が帰ってくるかもしれないでしょ」

と、情け容赦なく一刀両断され、その後はずっと無視を決め込まれた。

実体化させられたものの、この本丸は前の主であるあびの姉以外認めないスタイルを決め込む輩が多くおり、殆どの刀剣達があびを主と見なさずに言うことを聞かない。

姉はどうもお気に入りの刀達が居たらしく、その[お気に入り]に認定されていた加州清光率いる刀達が、主にあびに反感していた。

「うぇぇぇ〜たろちゃ〜」

「おや、また苛められたのですか?」

ぐしぐしと目元を擦りながら、太郎太刀の居る部屋に逃げ込んで来たあびは、正座をする太郎太刀の膝に額を摺り寄せる。

「おさ、おさんぽ、だめって……ね、ねーね、あるじだからあびはだめなんだって」

しゃっくりをあげながら、必死で自分の感情を伝えようとするあびの背を、太郎太刀は優しくポンポンと叩いた。

「よしよし、あび、今日も頑張りましたね」

「うぇぇぇ……」

これは当分泣き止まないだろうと、溜め息を吐く。

刀達に再び実体を与えてから、ほぼ毎日こうしてあびは、泣きながら太郎太刀の元へ来るようになった。

現在あびに協力する刀剣は、太郎太刀とあびが初めて作った蜂須賀虎徹。

それから薬研藤四郎と「苛めるのは雅じゃない」と言って付いて来た歌仙兼定。

大倶利伽羅は恐らく、前にあびが「くりちゃん」と呼んでいたので、あび側だろう。

他にいくつか、あびを認めてはいないが、協力しないのはあんまりだと言う主義の元、出陣や内番などは協力してくれる者達。

その刀達にローテーションで、任務を頼んでいたが、それではいけないと、現状をなんとかしようと動くあびは、その度に毎回毎回返り討ちにあっていた。

「なか、なかよくしたいの」

「ええ、分かってます」

「でも、みんなねーねがね、」

あびの姉のお気に入りでは無かった太郎太刀はよく知らないが、皆の反応を見るに、あびの姉はそこそこに良い審神者だったのだろう。

だから彼女を待ち続ける刀達が多いのだろうが、これではこの少女があんまりだ。

どうにかならないか策を考えるも、元来、あまり他者と接触して来なかっただけに、良い方法が思い付かない。

柔く背中を撫でれば、嗚咽で震えた身体が、いつも以上に小さく見えた。




「美味いか?」

「うん」

縁側で胡座をかいた大倶利伽羅の膝の上に、鎮座したあびが、もぐもぐと何かを食べていた。

その光景を、偶々通り掛かって偶々目撃してしまった燭台切光忠は絶句する。

大倶利伽羅とは割と縁が濃く、だいたい彼がどんな刀なのかは把握しているつもりだった。

とりあえず二言目には「馴れ合うつもりはない」と豪語するだけあって、今回のあびを認めない騒動には、敵にもならないし味方にもならないと思っていたのだが。

「えふっ、えふえふっっ」

喉に詰まらせたのであろう、急に咳き込むあびの背中を、トントンと優しく叩く。

「そんなに急がなくても饅頭は逃げない」

「えふっ、はー……うん」

「びっくりした」とはにかむあびの口元に付いた饅頭の欠片を、さも当たり前のように摘んで口に含んだ大倶利伽羅に、

「(馴れ合うつもりがないどころかむしろ仲良しだよね?!)」

軽くショックである。

一応否定こそしてはいないが、光忠もあびの姉のお気に入りの内だった為に、どうすることも出来ずに結果、傍観してきた。

あびの姉への未練が捨てきれなかった故だが、どうやら大倶利伽羅に関しては既にすっぱりと断ち切っていたらしい。

それどころか、恐らく何かがあったのだろう、大倶利伽羅のあびに対する視線は、完全に愛でている者へ向けるそれと同じだ。

「くりちゃんあのね、」

粗方饅頭を食べ終わったあびは、軽く足をパタつかせながら大倶利伽羅に語りかける。

「あびね、ほんとはさにわ、なりたくなかったんだ」

グニグニと、残り小さくなった饅頭を弄りながら、ポツリとそう溢す。

「あびね、よーちえんいくはずだったの。ずっとね、おとーしゃんがだめってゆってたんだけどね、」

「嗚呼」

「らいねんしょーがくせーなるから、いちねんだけいーぞって、それで、だけど、」

ゆっくりと動かしていた足が、不意にぴたりと止まった。

「しゃーないよねぇ。ねーねのかわりできるのあびしかいなかったもん。へたっぴでもがんばれば、いつかねーねかえってきたときに、いっぱいほめてくれるかなーって」

「お前もあの人を待っていたのか」

「うん」

「ないしょだよ?」と、口元でしーっのポーズをとったあびは、

「それ、食ってしまえ」

「あ、うん!」

大倶利伽羅に促されて、残りの饅頭も口に運ぶ。

あとは他愛のない話を幾つかした後に、

「そう言えば、蜂須賀と買い物に行くと言ってなかったか?」

「そだった!はっちゃんまってる。うわわわぁくりちゃんまたね」

パタパタと慌てて駆けて行く小さい背中を尻目に、大倶利伽羅が口を開いた。

「……………だそうだ」

「気付いていたんだね」

あびが信頼を寄せている太郎太刀や蜂須賀虎徹ならまだしも、どっちつかずの自分が聞いても良かったのだろうかと悩む。

そんな光忠に、大倶利伽羅がポツリと零した。

「別に味方にならなくていい」

「?」

「ただ偶に目を掛けてやってくれ。あびは悪い奴じゃない」

「…………そうするよ」

踵を返した光忠は、さてどうしたものかと唸る。

あの小さい子が抱える思いを、知ってしまったからには、もう蔑ろになど出来なかった。
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