〓
□おひさま紙風船
23ページ/33ページ
「……だか……や…り……」
ひそひそ聞こえる声に、ゆっくり目を開ける。
霞んだ視界に見える二つの顔が、どんな表情をしているかまでは分からなかったが、少なくとも、病で倒れた自分のことを心配していないのだけは分かった。
「やっぱり出来損ないだから、」
「これだから失敗作は」
[出来損ない]も[失敗作]も、悪い言葉だという事は理解している。
きっと今、苦しいと伝えても、邪険にされて終わってしまうだろう。
それでも弱っている時くらい、何でもいいから優しくしてほしかった。
頭を撫でるだけでもいい。
それがダメなら、そこに居てくれるだけでいい。
けれど、仕事だなんだと呟いた二人は、両親は、行ってしまう。
「待って、行かないで」と引き止めようにも、傷んだ喉が音を発してくれない。
嫌だと首を振っても無駄で、追いかけようと身体を起こそうとして、
「はっ、」
急に景色が鮮明になった。
最近、見慣れた天井にほっとする。
一つ息を吐いて部屋を見回せば、
そこには自分以外、誰も居なかった。
◆
つるんとした輝きの洋菓子が、左右に揺れながら皿の上に乗っている。
それを両手で持つ大倶利伽羅に、光忠は、
「ゼリー?」
「嗚呼、これなら食えるかと思って」
「確かにあびちゃん甘い物好きだけど、まだお粥食べてないし…………」
どうしようと悩むが、割とすぐに結論は出た。
「まぁ良いかゼリーだしね。あびちゃんが食べたいって言ったら食べさせてあげて」
「分かった」
皿に盛ったゼリーは驚くほどよく動くから、細心の注意を払いつつ、あびの部屋へと向かう。
少し歩いていれば、何だろうか、唸り声と言うよりも、
「泣き声か?」
誰かが泣いている。
それはよく聞きなれた主のもので、いま向かっている部屋から聞こえていた。
「あび!!」
慌てて障子を開けば、そのすぐ下にぼろぼろ涙を零したあびが居る。
「くりちゃぁ〜……」
よたよたと自分の足にしがみついたあび。
「どうした?」
何か起きたのか聞こうと、一先ず部屋の中に入りゼリーを置いた。
その間もあびは大倶利伽羅の足にしがみついたままだったが。
「あび、どうして泣いている?」
あびを抱えあげれば、きゅっと抱きついてきた。
「やぁ〜……」
「何がだ?」
「ひとりぽっち、なるの、やだ」
止まらない水滴が、後から後からあびの頬を伝う。
「やだ、いや、やだ」
首を振ってそう必死に訴えるあびに、
「安心しろ。もう一人にはしない」
「ひとりやだ」
「分かっている」
「泣くな」と頬に流れた雫を拭った。
心と体は繋がっているらしい。
身体が弱っているせいか、いつも以上に泣き虫になってしまったあびが、独りは嫌だと泣くのなら、
「安心しろ……」
それを叶えてやるのも、この主人の刀の役目だ。
◆
いつの間にかまた、眠ってしまったらしい。
今度は夢を見なかったけれど、瞼を開けるのが怖くて、だけど恐る恐る開けてみれば、
「……………きよちゃん?」
「ん?あ、起きた」
あびのすぐ近くの壁に寄りかかって、何かの本を読んでいた清光が居た。
「熱は?お粥食べられんの?食べられんなら持ってきてもらうけど、」
「どして……?」
「何か食べなきゃ薬飲めないじゃん」
「ちがう、なんできよちゃん、」
「ここにいるの?」のと問おうとすれば、聞く前に答えが返ってくる。
「アイツ、大倶利伽羅から聞いた」
「?」
「独りは嫌なんでしょ。いまみんな自分の仕事早く終わらせようって躍起になってるから、少し時間がかかるだろうけど、すぐ全員集まる」
ぱたんと本を閉じて、あびの方にやって来た清光。
「それまで俺だけだけど我慢して。出陣した奴らも遠征の奴らも、急いで帰ってくるらしいから」
何か言おうと口を開いたが、ドタバタと激しい足音が響く。
「ほら、噂をすれば」
「あびや!!あびやぁぁぁあああ!!!!」
スパンと開いた障子の向こう、息を切らした、
「じぃじ?」
「あび!!じーじだ!!じーじが帰ってきたぞ!!!!」
三日月が駆け寄ってきた。
「寂しかったな、すまないな。俺はもう今日は何処にも行かぬから、」
見るからに泣きそうな三日月に戸惑いながらも「いい子いい子」しようと手を上げれば、
「ちょっとちょっと三日月さんだけ狡いんじゃないの?」
「じろちゃん?」
「おう!あび、ただいま」
開け放たれた障子に寄りかかった次郎太刀がピースサインをする。
それを区切りにわらわらと集まり始めた一同に、ただただキョトンとするしかないあび。
そんな惚け顔のあびに、
「ほら、みんな来たでしょ?」
ニヤッと笑って言った清光に、「うん」と頷いた。
此処では、独りを心配しなくていいのだと、自分を見つめる目を見て思う。
お粥だ薬だ何だと、物凄く甲斐甲斐しく看病されたお陰か、翌朝にはあびの熱はすっかり引いていた。