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□おひさま紙風船
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突然だが、この本丸のお風呂は所謂大浴場タイプだ。
数人が纏めていっぺんに入れるようになっているが、あびとて小さくても女。
一応それを気にした何人かの為に、必ず同じ時間にあびに入ってもらうことで、その時間は避けるようにしてもらっていた。
が、
「えっ、あるじさま、ここのおふろにはいったことないんですか?!」
「うん」
大広間にて何気無く会話を交わす、平仮名発音こと今剣と、同じく平仮名発音ことあび。
片や諸事情にて、片やただの滑舌の悪さ故に、二人の会話は当人達以外なんとも聞きずらいものと化していた中で、ぽろっと飛び出たお風呂事情。
「なんでですか?きもちいいですよ?」
「んとね、」
内緒だよとでも言うように若干小声になったあびは一言、
「おぼれちゃうの」
「ああ!」
確かにあそこ深いですもんねーと、何かが共鳴したちっちゃいもの同士は、うんうんそうそう、高い高いと頷き合った。
そこまでは良かったのだが、
「あ、じゃああるじさま、ぼくといわとおしといっしょにおふろはいりましょーよ」
悪気も邪な感情も全くない純粋な爆弾を今剣が投下したことにより、事態は急変する。
「いつもいわとおしにかかえてもらってるんです」
「そなの?」
「だからあるじさまもかかえてもらいましょー」
「ほー、わかった」
「いやいやいやいや!!そこは断れあび!!つか、今剣は何言ってんだおい!!」
事案がほのぼのと可決しそうな雰囲気を強引にこじ開け割り込んで来た和泉守兼定に、その場に居た大きい刀の面々は少し拍手を送りたくなった。
だがそこで引き下がらないのが今剣。
素直であるが故に、ただ単純に主人に湯船に入ってもらいたいだけなので、どうして怒られるのかが分からない。
「なんでですか?なにがわるいのですか?」
「悪りぃっつか、その、ほらあびは女だろ?それに比べてお前は男だ。勿論岩融もな。だからその、事情があるっつーか」
「だからなにがわるいのですか?どうしていっしょにはいってはだめなのですか?」
どう説明すれば諦めてくれるのか分からず、とりあえず負けるな兼さん頑張れ兼さん!みたいな堀川が複数人居るような視線を各方面から浴びるも、
「あ、そいえばあび、まえはたろちゃんといっしょはいってたよ!」
また新たな爆弾を、今度は主本人が投下してくれたものだから、色々と泣きたくなった。
「つか、あいつと入ってたのか?!」
「はいってたー」
なんてこったいあの刀、どこまで美味しいとこ取りするんだ。
流石一番に信頼されているだけのことはある。
「たぶんおねがいしたらはいってくれるよ」
今すぐにでも頼みに駆け出してしまいそうなあびを、制し、
「あび、よく考えろ。この際岩融と今剣とお前ならまだいい。だがそこに太郎太刀が加わってみろ」
「?」
「次に入る奴等の湯が無くなるだろーが」
「そなの?」
おっきいの、ちっこいのちっこいの、なら、まぁ問題ないが、おっきいのおっきいの、ちっこいのちっこいのだと、確実に湯船のお湯が溢れ出すことは目に見えて分かった。
ただでさえ太郎太刀も岩融も図体がでかいのだ。
「ひろいからだいじょーぶですよー」
「大丈夫じゃねぇ!お前は小さいから広く見えるんだ!」
そう強引にでも進めなければ、この小娘なら確実に入る。
止めるためなら、些か心苦しいが小さい嘘の一つでも吐いてやらぁと、決心込めて言い聞かせるも、
「あ!じゃあみんなではいる!」
今のやり取り聞いていてなんでそうなった?!と言う案があびから提出された。
「図体デカイの二人で溢れるっつってんのに、それじゃ本末転倒だろーが」
「みんなではいれば、おゆなくなっちってもこまらないねぇ」
にへへと笑う審神者に、嗚呼、駄目だこれ勝てないと敗北宣言したくなる。
なんだそうかぼけっとしてて割と、
「入りたかったのか」
「うん!」
あびが望んでいることを、否定出来る者がこの本丸に居るのなら、今すぐここに来いと言いたくなった。
◆
「はい目閉じてー」
「はーい」
バシャァと頭の上から掛けられたお湯に、プルプルと首を振るあび。
「うわっ、撥ねるから首振らないでよ」
「はーい」
流石に全員は無理だったので、じゃんけんと言う真剣勝負の元、とりあえず一週間くらいローテーションで入ろうと言うことになった。
その一回目になったのが、言い出しっぺの今剣と半ば巻き込まれた感のある岩融。
それに加え今日の出陣組から、よく分からないけどじゃんけんしたら勝っちゃった系男士の大和守安定と、そもそもそんな勝負知らないで普通に入っていたらなんか来た系男士の骨喰藤四郎。
プラスあびの計五人編成である。
ちなみに何故かあびの頭を安定が洗っているのは、一緒に入るからとあびに頼まれたからだったりしなかったり。
「はい、お仕舞い。ほらおいであび」
「だっこー」
「分かってるって」
よいしょっと抱っこを強請るあびを抱え上げ、そのまま湯船に足を入れた。
「一体全体これはなんなんだ?」
努めて無表情の骨喰は、まだ髪を洗っている最中の今剣と岩融と、自分の横に来た安定とあびとを交互に見やってから、ボソッと呟く。
「僕もよく把握していないんだけど、これからはあびと一緒にお風呂入るらしいよ」
「どうしてまた」
「なんか燭台切が「あびちゃんが大きくなってから後悔しても知らないよ」って言ったら、みんな動いた」
「よく分からん」
「だよね」
両腕の中にいるあびを抱え直し、
「苦しくない?」
と問えば、
「ないー」
と若干ふにゃふにゃした口調で返ってくる。
「眠いの?」
「、むくないー」
「眠いんじゃん」
くしくしの目元を擦りながら、うつらうつらとそう返すあびに、冷静な突っ込みを返す安定。
「お風呂入ると眠くなるよね」
「ねむくないのー」
「寝そうなのに何言ってんだか」
少しだけ身体を離してあびの額と自分の額をくっ付ければ、開いたり閉じたりしている瞼が目に入った。
「ねーあびっていつも僕の時に寝てない?」
「ねてないー」
「嘘、寝てるじゃん。まぁ、別に寝てもいーけどね。こーやって僕が抱えていれば溺れないし」
「むー……」
起きてやる!と目を開くも、すぐに隠れてしまう瞳にクスリと笑う。
「甘いな」
「何が?」
「なんでも」
「そう」
安定から醸し出される嬉しそうな雰囲気に、小さく鼻で笑った骨喰は、無表情の中に何か柔らかいものが含まれている気がする。
その後、「あー!!あるじさまおきてくださいー!!!!」と、洗い終わった今剣に起こされるまで、あびは眠るか眠らないかの狭間を行ったり来たりしていたのだった。