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□おひさま紙風船
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「ほらあびちゃん、ちゃんとこれも食べなきゃ」
「やっ!」
ぷいっとそっぽを向いて頑なに口を開けないあびに、光忠はただため息をつく。
最近あびは、何をしても何を聞いても「いや!」の一点張り。
何か不満なことがあるのか、或いはただ「いや」と言いたいだけなのか。
「(どう考えても後者だよね)」
今まで、鳴狐のお付きの狐ごっことか、例の無傷手入れ騒動とか、どうもあびは変なことにハマりやすい。
今回のプチブームは[いやいやブーム]か、と遠い目になった。
「みっちゃんいや!」
「うんうん、傷付くからね。僕ならまだギリギリ中傷だけど、その言葉で重傷か下手したら破壊しちゃう子達沢山いるから止めようね」
心は既に重傷以上な気分だが。
あびは若干好き嫌いが激しく、まぁでも普段は嫌いな物でも涙目になりながら一生懸命食べるのだが、今日は何しても「いや!」なあび。
当然、朝餉に出た嫌いなブロッコリーは「いや!」である。
「(困ったなぁ)」
あまり無理強いはしたくないんだけど、どうしようか。
と言うかたぶん何か行動に移すたびに「みっちゃんいや!」って言ってくるだろうから、流石に何度もそれは耐えられそうにない。
光忠が困っていれば、
「あび、しっかり食べないと駄目ですよ」
「たろちゃん!!!!」
だいたいこう言うタイミングでやってくる太郎太刀に、今回ばかりは羨ましいだなんだ言っていられなかった。
幾ら何でも近侍の太郎太刀の言うことは聞くだろうと、ほっと一息ついたのだが、
「たろ、あっ!たろちゃんいや!」
「は?」
嬉しそうに太郎太刀に駆け寄ろうとしたあびは、抱き付く手前でハッとしてからピタリと止まってそう言ってのける。
「太郎くんでも駄目なのかい?!」
「たろちゃんやっ!」
いったい自分が何を言われたのか理解出来ない太郎太刀が、珍しく固まった。
あびに嫌だと言われたら、まず間違いなく破壊してしまう候補なだけある。
全く反応しない太郎太刀に、気になるのかあびがそわそわし始めた。
「(あびちゃん太郎くん大好きだもんね!)」
自分で言って哀しくなる。
「………………いや、とは」
時間にすれば数十秒だが、長いこと固まっていたように思える太郎太刀が、やっとのことで口を開く。
今、全力で無傷手入れ騒動の時のあびが欲しい切実に。
盛大にぽむぽむしてあげてほしい、本当にお願いだから。
スッと目を細めた太郎太刀が口を開いた。
「いいでしょう。あびが私を嫌と言うのならば、私もあびのことを嫌になりますよ」
「うぇっっ?!」
これは予想外の反応だったのか、キチンと畏まって無表情で正座してしまった太郎太刀を前に、あびは目で見てわかるほどオロオロし始める。
「(あびちゃんのことだから予想も何もしてないだろうけど)」
ただ、言いたいだけ。
特に何も考えていないのは、あびの何かしらを期待する目を見れば充分察することができた。
「う、や、やぁー!!!!」
「私も嫌です」
「ちがうの!ちがうの!たろちゃんあびいやなっちゃいやなの!」
オロオロオロオロと、なんとか機嫌を取ろうと太郎太刀の前に行くが、さっきのあびのように、フイっとそっぽ向かれてしまう。
それに対し大袈裟なまでにガーンとなるあび。
「先に嫌だと告げてきたのはあびでしょう?」
「やぁーだぁ!!!!」
「嫌にならないで」と泣き出してしまったあびが、太郎太刀の腕に縋り付いた。
「うぇ、ごめんなしゃぁ、たろちゃんいやじゃないから!あびのこといやならないで!」
「どうでしょうね」
いつもなら泣く前にすぐ許す筈なのに、ヤケにいつもの太郎太刀に比べたら、妙に意地を張るなぁと光忠は思っていたが、
「すきなの!たろちゃんすきなの!いやじゃないの!」
あびがそう言った途端、緊迫した雰囲気が一瞬で柔らかくなる。
「(なるほどね……)」
つまり、
「(ただあびちゃんに好きって言われたかっただけだよね太郎くん?!)」
なんて羨ましいんだ。
だけどもう一度今度は自分が同じことを言って、あびを泣かせたくはない。
「たろちゃんすきなの、だからあびのこといやなっちゃだめなの、うぇぇぇ」
「はいはい冗談ですよ。私があびを嫌になる筈が無いでしょう」
泣くな泣くなと、抱き寄せたあびの背中をポンポン叩く太郎太刀に、いくらきっかけはあびとは言え、泣かせたのはお前だろうと、声を大にして叫びたい光忠であった。
「(僕、いやって言われ損だよね?!)」
「みっちゃんもすきー」
「あー…………うん、ありがとう。僕もあびちゃんが大好きだよ」