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□おひさま紙風船
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「じ……じぃじ?」
恐る恐る、内緒話をするように小さくそう呟けば、
「ははは、惜しいな。じじいだ、じ・じ・い」
と返される。
「じーじ?」
「まぁ、それもよきかなよきかな」
あはははと、心底能天気にあびをわしゃわしゃと撫でる刀。
「…………何あれ?」
「さぁ?」
二人が話す姿を、遠目から隠れ見ている沖田組の二振りは、嫉妬のような複雑な表情を浮かべる。
何故だろう。
一見すると、爺さんと孫が仲睦まじく会話しているように見えるのはどうしてなんだ。
あれおかしいな、孫の方はまだしも爺さんの方、見た目普通の好青年だよ?
だけど初めの自己紹介で、己を「じじい」と言ってのけた天下五剣の一つ、最も美しいとされた三日月宗近その人は、
「あびは良い子だな、ほれ、じーじが甘味をやろう」
「おいでおいで」と巧みに、あびの餌付けに成功していたのだった。
◆
「あび、これはなんだか分かるか?」
「おつきさま!」
三日月模様を指差した男が、これはなんだ?と質問をすれば、あびが「はい!」と手を挙げて答える。
その度に、
「そうじゃそうじゃ。当たったあびにはこれをやろう」
と、あびの周りにはゲットした戦利品が増えていった。
「みーかーづーきーさん!!!!」
「おお、燭台切か。どうした?」
「夕食前にあびちゃんにお菓子あげないでくださいって、いつも言ってるでしょ!!!!」
「あびちゃんご飯食べなくなっちゃうから!」と、怒れる光忠にそう言われても、
「そうだったか?これはうっかりしておった。すまないすまない、ははは」
全く動じない三日月は、素晴らしいマイペースぶりを発揮する。
「そうだな、では次の質問にあびが答えられなかったら、じーじに一つ、甘味を分けてくれるか?」
「うん、あげる!」
「ははは、ほんにあびは良い子だな。どれ、これもあびに、」
「三日月さん!!!!」
どうしてあびに与えたお菓子を回収しようとして、もっとあげようとするんだこの人は。
思わず溜め息を吐いた光忠に、あびがてこてこ近寄ってきた。
「みっちゃんいーこ!いーこ!」
「嗚呼、ありがとう」
たぶん、慰めてくれているのだろう。
少し不安げな表情で屈めと促されるから、その通りにしゃがめば、「いーこいーこ」と撫でられる。
なんかもうこう言うところ涙出てくるよね。
「あびちゃん!」
「ほっ!きゃあ〜」
ギュッと抱き付けば、一瞬びっくりしてからすぐにはしゃいで抱きしめ返された。
この本丸に集う自由人共を、いつの間にか纏めるポジションに立たされていた光忠は、「もうあびちゃんだけが癒しだよね!」とあびを軽く心の支えにしている。
あびもその心中を知ってか知らずか、光忠が誰かに振り回されていると、こうやって慰めに来るようになった。
のだが、
「おおよきかなよきかな、ところであび、じーじには抱き付いてくれぬのか?」
自分をちょいちょいと指差して、抱き付けと要求する三日月。
恐らく他の刀剣ならば、いまいいところなんだから邪魔をするなと歯向かうところだが、光忠、我慢。
「ぎゅっするー」
「おぉーよしよし近う寄れ」
あびが元気ならもうなんでもいーや。
律儀に「ぎゅー」っと擬音を口にしながら三日月に抱き付くあびを見ながら、ため息交じりにそう諦めるしかなかった。
「あのね、おつきさまにはね、うささんいるのよ!」
「兎か?」
「うん!うささん!それでね、おつきさまがまんまるくなったら、うささんにおだんごあげれるの」
「ほぉ、そうかそうか。あびは物知りだなぁ」
そう三日月に頭を撫でられ得意げな表情を浮かべるあびに、光忠はここに来た目的を思い出す。
「あ、そうだ!あびちゃん、さっき試しにお菓子作ってみたんだけど」
「おだんご?」
「そう、正解。後で持って行ってあげるから、その間にあびちゃん手洗えるかな?」
「できる!!」
座っていた三日月の膝から降りて、一目散に手洗い場へと駆けて行ってしまったあび。
残された2人と言えば、
「夕餉が入らなくなるから、甘味も程々に、では無かったか?」
「うっ…………………甘い物は別腹ってことで」
「そうかそうか」
気まずそうに目線を逸らした光忠の耳に、「まぁ、あびが望むなら良きかな良きかな」と、笑う三日月の声が届いた。
甘やかしたいのは、どうやら爺さんだけではなかったらしい。