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□おひさま紙風船
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「あび起きてー」
大和守安定は、困惑していた。
その原因は、安定の丁度お腹辺りに引っ付いて眠りこける存在。
引き剥がそうにもしっかりと掴まれて離れず、「どうしよう」と考え込んだ。
ことの始まりは、30分くらい前に遡る。
◆
和解したとはいえ、まだ来ずらいのか朝餉の時にあびは大広間に来ない。
お陰で最近の食事時には、どうにも気まずい雰囲気が流れていた。
元からあび派の刀達が、この状況にキレるかと思えばそうでもなく、極めて普通に過ごしているどころか、皆口々に、
「まぁ、あびだからな」
と、返してくる始末。
どう言うことかさっぱり理解のしていない面々に光忠は、
「あーうん、近いうちにあびちゃんと話してみるね」
と、若干げっそりした顔付きになっていた。
まぁ、気になるっちゃあ気になるが、だからと言って何をすればいいのか分からないし、そもそも僕どちらかと言えば反対派だったからなぁ、と食事を済ませた安定が縁側を歩いていれば、
「むー」
「むー???」
中途半端に開けられた障子の真ん中で、白い塊がもぞもぞ動いている。
言わずもがな、
「なんだあびじゃん」
朝餉時に話題の中心となっていたあびその人が、何故かシーツを被り薄眼を開けて安定を見上げていた。
目が合ってしまった手前、話しかけない訳にもいかず、「何してるの?」と問えば、むにょむにょよく聞き取れない単語が返ってくる。
「え、なに?なんて言ったの?」
よく聞こうとあびの目線に合わせてしゃがめば、まるでそれを待ってましたかと言わんばかりにあびが飛び付いてきた。
「うっわ?!えっ、なに?!」
体制を崩して座り込んだ安定に、あびは構うことなく引っ付く。
「ほっ」
「ほ???」
50音のは行の一番最後の文字を発したあびは、それきり動かなくなった。
単純に、安定にくっ付いて眠ってしまったのである。
「え、ちょっと待って、え、あび?あび起きて」
呼びかけても揺すっても全く起きる気配の無いあびに、そもそもこれは起こしていいのか?と思わず疑問になる程の寝入りっぷり。
まるで、さっき一瞬起きて目が合ったのが嘘のようだ。
「えー……」
それで冒頭に当たる。
だいたい皆、朝餉の時間より前には起きているし、朝餉には全員揃っているから、恐らくこの本丸でいま爆睡しているのはあびだけだろう。
引っ付かれているせいで動きが制限されてしまった安定は、この状況をどうするにもまず、誰か、主にこれをどうにかする方法を知っていそうなあび派の一人を呼びに行くことすら出来なかった。
「(どうしようかなぁ)」
なんとなく頭を撫でてみれば、
「んむー」
あびはごろごろと擦り寄ってくる。
不覚にも少しキュンとしてしまった。
手触りの良い髪の毛の感触を楽しむかのように、指で梳きながらあびを撫でていれば、
「おや、今日は貴方が捕まりましたか」
「あ、」
食堂の方から来たであろう太郎太刀に話しかけられる。
別にただ頭を撫でていただけだが、なんだか妙にやましいことをした気がしてそわそわしてしまう。
そんな安定の動揺は露知らずに、太郎太刀は半開きの障子を開けて、畳の上に何かを置いた。
「朝ごはん?」
今日の朝餉のメニューが、おぼんの上に置かれている。
「ええ、あびはどうも随分朝が弱いようでして、朝餉の時刻には起きないんです」
敷かれていた布団をたたみ、縁側まで恐らくあびが這って来たであろう証拠に、布団からあびまで伸びるシーツを回収した太郎太刀は、それをたたみながら口を開いた。
「どうやら人恋しいようで、起床する少し前にこうして寝惚けては通り掛かる人に抱き付いているんですよ」
「今日は珍しいですが」と言われ、意味の分からない安定は首をかしげる。
「いつもは蜂須賀さんか薬研さん、最近では燭台切さん辺りが捕まっているんですが」
「あー」
だから朝餉の時にあびが来なくても、ケロリとしていたのか。
そう納得をしたところで、
「さて、このまま寝かしておいても私は良いのですが、そうもいきませんので」
「何しても起きなかったけど?」
「起こし方があるんです」
あびに引っ付かれたままの安定の近くに屈む太郎太刀。
それからおもむろに、
「うっひゃっ?!うわわわわぁ!!!!」
「あ、起きた」
あびをくすぐり始め、当のくすぐられた本人は、さっきは何しても起きなかったのに瞬時に目を開けた。
「うぁ……たろちゃん?」
「おはようございます、あび」
上手いこと状況の飲み込めていないあびに、たんたんと返す太郎太刀に、まぁそりゃ把握できないでしょと安定は若干驚きつつ呆れる。
対するあびは膨れっ面になった後に、
「くしぐるのやーってゆった!」
太郎太刀の脛辺りをペチペチと叩く。
「すんなり起きないからでしょう」
「うきゃっ!!!!」
仕返しと言わんばかりにまたもやあびをくすぐり始めた太郎太刀に、膨れっ面を強制解除させられたあびは、ジタバタしながら大笑いをしていた。
「(うっわぁ、こんな時でも太郎太刀って無表情なんだ)」
明らかに戯れているのに、片方笑顔で片方無表情の異様な光景。
けれどくすぐりに観念したあびが根を上げ、
「やぁーたろちゃんごめんなしゃー」
と謝ったところで、
「分かれば宜しい」
と太郎太刀は薄く笑う。
なんだか見せ付けられた感半端ないのはどうしてだ。
そんな惚ける安定をよそにてちてちと駆け寄ってきたあび。
「や、やま、やまとのかみ?しゃん???」
一生懸命大和守と言いたいも、言えないらしく眉をへの字に曲げているので、
「言いにくいなら好きなように呼んで良いよ」
と言えば、
「んぅ?………………やっちゃん?」
「やっちゃんっ?!あー、まぁいーや」
簡素なあだ名を付けられた。
「やっちゃん!!!!」
「なーに」
「やっちゃん!!!!!!!!」
「だからなーに」
見るからにぱぁぁとでも言うようなエフェクトがかかりそうな笑顔で、「やっちゃんやっちゃん」と繰り返すあびに、嗚呼絆されてしまったなと安定は笑う。
なんと言うべきか、
「(可愛くて仕方がない)」
胸の中に広がるどこか暖かい感情にむず痒くなる。
「ほら、あび朝餉が冷めてしまいますよ」
それからしばらく、そう太郎太刀が止めてくれるまで、あびと安定の「やっちゃん!!!!」「なーに」コールは止まなかった。
とりあえず、また明日の朝ここに来てみようかなと、目論んだのは内緒の話。