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□おひさま紙風船
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「思うにあびには神通力はありますが、それを上手く使えないのかと」
だから失敗するのだと、うんともすんとも言わない赤い鞘の刀の前で、唸るあびに太郎太刀はそう告げる。
「たろちゃんどーすればい?」
終始無表情を貫き通す太郎太刀に、何がそうさせたのか懐いたらしいあびは、初めの大きさに怯えていた表情とは打って変わって、まるで気心の知れた者を相手にするような口ぶりで、太郎太刀に助言を求めた。
「はぁ、まぁ思い付くとすれば此処に居る刀剣達は皆、主の力で生み出された者達ですからね、大方、力が足りていないのか、或いはやはり先程言った通り、あびがまだ己の思う通りに力を使いこなせないのが原因かと」
「う〜……」
自分が何をすれば良いのか、全てを把握していないあびは、ただただ困ったように萎縮するばかり。
仕方ない。
この娘は本当につい先刻まで普通の子供だったのだ。
[審神者]と言う重要な任に就いた姉が、まさか全てを捨てて消えてしまうとは、露ほども思っていなかったのだろう。
それにより、姉の尻拭いのように、己が代わりにその任に就かなければいけなくなることも。
初めから[審神者]になると分かっていた姉と違い、この少女は必要なことを誰にも何も教えられないまま此処に放り込まれたらしい。
それだけ急ぎの事態だったことは、重苦しく空を覆う雲を眺めれば、だいたい察することが出来た。
「そうですね、一先ず主の刀は後に回し、今は一振り新たに刀を生み出してみてはいかがでしょう」
「ふぇ?」
[刀を生み出す]ことにいまいち理由が分からないあびは首を傾げる。
「己の力で、刀を生み出すことが出来れば、或いはその不安も少しは軽くなるのでは」
どうにか太郎太刀のようにもう一度人型にしようと、あわあわと動くあびの姿を見ていた太郎太刀は、その小さい肩にのし掛かる恐怖が、底の知れないものだと感じる。
あびがやらねば、出来なくてもなんとかしなければ、この世界の歴史は変わってしまうのだ。
彼女が背負った業は、その背に抱えるには少しばかりデカすぎる。
「うん…………やってみる」
なら自分は何をすれば良いのだろうか?
ほんの一瞬だけ思案にふけった太郎太刀は、
「たろちゃん、やりかたしってる?」
半泣きでこちらを向く少女に、とりあえず己が出来ることをしようと決めた。
◆
眩い光が立ち込めて、反射した埃がキラキラと舞う。
「蜂須賀虎徹だ。俺を贋作と一緒にしないで欲しいな」
その光の中から生まれた姿に、
「たっ……たろちゃん!たろちゃん!できた!できたよ!」
嬉しそうに声を上げ、後ろで見守るように座っていた太郎太刀に報告した。
「告られなくとも分かっていますよ」
あれから数日、あびは太郎太刀に言われた通り、新しい刀を作ろうと何度も挑戦しては失敗するを繰り返し、その間に出来ることはと決意した太郎太刀が、粗方掃除をした為、本丸はあびが来た当初に比べれば随分と綺麗になっている。
「ぴかぴかー」
興奮気味なのか、あまり太郎太刀の言葉は耳に入っていないのだろう。
あびは余程嬉しかったのか、目の前に現れた蜂須賀虎徹の姿に、うわぁうわぁと感嘆の声をもらし続けた。
「嗚呼、随分幼い主だね」
「あび!」
「あび?それが主の名かな?」
「うん!」
「分かった。よろしく頼むよ」
「うん!!!!」
出来た出来た褒めて褒めてと、妙にキラキラした目で太郎太刀を見上げてくるあびに、
「よくやりましたね」
小さい頭を遠慮がちに撫でる。
大きすぎるこの身では、潰してしまうかもしれないと、多少臆していたが、当のあびが無邪気に撫でた手に擦り寄ってきたので杞憂だった。
「はっちゃん、あのね、たろちゃんだよ!」
「はっちゃん?」
太郎太刀然り、案の定[はちすかこてつ]も言えなかったあびは、独自の砕けた愛称で蜂須賀虎徹を呼ぶ。
「まだ簡単な言葉しか言えないようなので、勘弁してあげてください」
まるでフォローするようにそう告げてきた言葉に、
「嗚呼、分かったよ」
ぐいぐいと太郎太刀の右手を引っ張っているあびを視界に入れた蜂須賀虎徹は、くすりと笑った。
随分と、
「(信頼されているんだな)」
と。