□おひさま紙風船
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「清光、可愛い清光、私の清光」

ふっと笑って自分を撫でる心地良い感触は、随分前に遠くなってしまったもの。

「ねぇ、主」

いま貴方は何処に居て、俺じゃない誰かを可愛がっているの?

俺は、

「自由になっても、」



きゃあきゃあと、無邪気な声に瞼を開ける。

声のする方、庭先を見てみれば短刀達と戯れるあびの姿。

最近のあびに対する気持ちは、自分でもよく進歩したと褒めてやりたい気分になるほどだが、まだ他の刀のように、心からあびを大切にすることは難しかった。

いつかあの笑顔が愛しいと思う日が来るのだろうか。

目を瞑れば現れる、消せないあの人の影とあびを重ねていれば、なんだか小さくて柔らかいものが、フニフニと清光の頬を突っついた。

「何?あび」

これまで無視したり冷たく当たったり、色々してきた筈だけど、このチビは全然めげずに自分の元へ来る。

阿呆なんじゃないかとさえ思うほどに。

「おっきした、ました?」

拙い敬語を使って、そう疑問を投げかけてきた。

短刀と遊んでいたはずのあびが、いつの間に寄ってきたのか、縁側で寝転ぶ清光のすぐ近くに居る。

「起きたもなにも寝てないから」

「かしゅーさん、いっしょあそんで、ください?」

「やだね、遊ばないよ」

気持ちは変化しつつも、なかなか行動に移すのは難しくて、つい無愛想になってしまう言葉にあびがシュンとした。

嗚呼、またやってしまったと後悔しても遅い。

歩み寄ろうにも此方側がこうも敵対していれば、進むものも進まないだろう。

また泣かせてしまうのか、溜め息を吐けば、

「うんっしょ、」

「?」

何故かあびが清光のすぐ側へ、よじ登ろうとしていた。

「何してるの?」

「うえいきたいの、です」

「なんで?」

「のぼりない」

イマイチ質問の回答になっていない返しをされ、訳の分からない清光の脳内ははてなマークでいっぱいになる。

しかしまぁ、こう、頭の上付近で登ろうとわちゃわちゃされると、気になって仕様がないので、

「よっ、」

「うひゃ!」

少し身体を起こして、あびを引っ張り上げた。

「お、おーのぼりりた!」

両手を上げて歓声を上げるあびに、くだらないともう一度目を閉じる。

ここで他の連中なら「良かったねぇ」と一緒に喜ぶのだろうが、生憎とそんなことが素直に出来ていたら、今頃悩んでなんかいない。

子供相手に寂しさを紛らわす為に当たる等、我ながら良くないとは思う。

だから極力なんとかしようとはしているのだが、どうにも減らず口ばかり叩く己の口。

仕方ないのだ。

駄目なことは駄目と、そう誰も叱ってくれないのだから。

「(虚しい……)」

いっそ憎まれ口でも良いから、誰かに愛されていると実感したいのに。

黒い感情が胸の内を占めそうになれば、

「いーこいーこ」

「…………………何、」

清光の頭のすぐ近くに座り込んだあびが、清光の頭を撫で始めた。

その行動の意味が分からず呆気に取られていれば、

「こーね、あびおひざにのんのんできないの、です」

自分の膝をポンポン叩いてそう主張する。

まぁ、そうだろう。

短刀ならまだしも他の刀の頭を乗せるには、些かあびの膝は小さ過ぎるから。

「だからなんだって言うの?」

そう聞いてみれば、一瞬黙ってからポツリポツリと話し出した。

「ねーねがね、あびなくと、こーしていーこいーこしてくれたの」

そんなの言われなくたって知っている。

この本丸で、誰よりもあの人に撫でられたのは他でもない自分だ。

「俺泣いてないけど」

「うん、でもないてる」

泣いてないと言ったのに、泣いていると返された。

この少女が何をしたいのか、本当にさっぱり意味が分からない。

「あびにいーたいことある?」

清光を撫でながらあびがそう言った。

そんなの幾らでもある。

第一に、どうしてこんなことするのかとか。

何の為にいま自分の傍に居るのかとか。

そう言う質問を聞こうと思ったのに、気が付けば、

「本当にずっと此処に居るの?」

と、聞いていた。

「うん、いる」

「なんで?」

「ここにいれば、あびさみしくないから」

「でも、」と続ける言葉。

「かしゅーさんはさみしいね。どーすればいーんだろね」

撫でる手を止めずにじっとこちらを見詰める、あの人と同じ色の目。

その目の持ち主に、哀しそうな顔をさせてしまっていた。

今まで何度も泣かせてきたけれど、どうしてか今のこの顔が、一番辛くて堪らない。

「(ねぇ、主、)」

いま貴方は何処に居て、俺じゃない誰かを可愛がっているの?

俺は、

「(貴方とは違う人を主と呼んでも良いの?自由になっても、良いの?)」

この本丸で貴方が帰ってくるまで待つと言う鎖を、振りほどいてしまっても。


「ねぇ、清光。私には妹が居るのよ。だからもし私が居なくなっても、今度はあの子が私の代わりに貴方を愛してくれるわ、絶対に」


「……………………あびは俺を捨てない?」

「そーすればかしゅーさんはさみしくなくなる?」

「うん、なくなる」

「なら、ずっといっしょいる」

「………………………約束だよ」

あびの前に小指を差し出せば、迷いなく清光の小指に、あびの小指が巻き付いた。

「かしゅーさん、いっしょ!」

「ん」

きっと全部を理解するには時間が掛かってしまうだろうけど、この笑顔を曇らすことだけは、もう二度と絶対にしちゃいけないと、清光はそう誓う。

兎にも角にも、

「ねぇそのさ、[かしゅーさん]って止めてくれない?あと、変な敬語も」

「あぅ、どしよ?」

「普通に呼びたいように呼べばいいでしょ」

「きよちゃん?」

「………………なに」

「きゃあ〜」

「ちょっと纏わり付かないで擽ったいから!」

山がひとつ、崩れたようだ。
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