□おひさま紙風船
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硬い革に箱のような形をした光沢のある赤いそれ。

お揃いに並んだ輪っかが二つ。

ところどころに顔を見せる金属が、光に反射してキラリと輝く。

畳の上にポツンと置かれて、じっとまるで主を待つ刀のように存在感を放つ。

有言実行上さんは、とっても行動早かった。



「何これ?」

「らんどせる?」

「らんど?え、何?」

内番終了の報告をしに清光があびの部屋へ行けば、一定以上の距離を置いてあびが赤い箱、ランドセルとご対面している。

ちょっと意味が分からない。

「何か出てくんの?」

ランドセル自体初めて見る清光が、神妙な面持ちで前方をじっと見続けるあびに声を掛ければ、

「さわっていいとおもう?」

恐る恐るそう聞いてきたあびに、

「良いんじゃない?」

と返す以外の言葉を知らない。

「あびその、らんど……せる?それどうしたの?今朝そんなの無かったじゃん」

「うん、ごはんたべたらあった」

間違いなく上さんの仕業なことは、あびも清光も充分に理解していた。

どう言った経由で家主に一切気付かれることもなくここまで置くことが出来たのか、あの人本当に色々おかしすぎて百歩譲っても信用は出来ないと思う。

まぁ、でもたぶんなんとなくあびが嬉しいのだと言うことは、小さくそわそわしている姿を見ていればよく理解出来た。

[お客さん]を座らせる座布団の上に、律儀にランドセルを置いているくらいなのだから。

「背負ってみれば?」

「うぇ?!」

「え、違うの?これ背負うやつじゃ無かったっけ?」

試しにそう提案してみると、ぎょっとしてからもじもじし始めるあび。

恋する乙女か。

使用方法が違うのかと、ちょっと焦った自分が恥ずかしい。

「きよちゃんもって」

びっとランドセルに向かって指をさしたあびに、

「あびが先に触った方が良くない?」

と、なんとなくそう言えば、

「いーの」

へらっと軽い笑みが返ってくる。

やっと少しだけど笑顔が見れたことに内心ほっとした。

嬉しい反面、不安で仕方ないのはまだ変わらないだろうから、所謂学校の象徴とでも言えるランドセルも、心の底からは喜べないのだろう。

でも背負ってはみたい。

それは言われなくても分かる。

「そのままね」

「はいはい、これ地味に重い」

あびの前でランドセルを抱えあげた清光に、あびが背中を向けた。

そのまま細い腕がゆっくり二つの輪っかの中に通って、

「手離しても大丈夫?ちょっと重いよ」

「だいじょーぶ」

そっと清光がランドセルから手を離して、あびの背にランドセルが落ち着く。

ランドセルの重さで、あびが後ろにひっくり返るかと思って手を伸ばしていたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

「あはっ、あびちっこいから、らんどせると同じくらいじゃん」

「できてる?」

「出来てる出来てる」

何が出来てるかはよく分からなかったが、なんだか妙に可愛く思うのは何故なのだろうか。

こう、なんだろう…………。

いつも以上に何かキラキラした目をしている。

「ちゃんと歩けるの?」

「わかんない」

「なんで緊張してるの。ほら、こっち来な。恐くないから」

赤いランドセルを背負って、おずおず近付いて来たあびが、手の届く所で引き寄せた。

自分の方へ倒れ込んだあびを、しっかりと受け止めることが今は素直に出来ていてむず痒い。

自分も変わったなぁ。

この小さいのが大事になっちゃったかぁと、少しだけ笑えばあびが「?」と上を向いた。

「これ抱っこしにくいわー」

「うぇ……………………ぬぐ?」

「いいよ、このまま」

「太郎太刀でなくてもみんなお前を守ろうとしてるから」、「お前はいなくならないって信じてるから」と、そう言葉で伝えることがまだ無理な清光は、そのままぎゅっとあびを抱き締めてただ伝われと念じる。

「きよちゃん」

「何?」

「あび、おなかすいちゃった」

えへっと笑って雰囲気をぶち壊しにする発言をしたあびの頭をぐしゃぐしゃ撫でれば、きゅっと引っ付いてくる小さい手。

その指が恐怖で震えていなくて良かった。

その目が不安で揺れていなくて安堵した

ちゃんと温度を持ってしっかり掴んだ自分よりも随分と小ぶりな手に、縋っている自分も安心している気持ちも、全部もう誰に正されなくとも認めている。

これはいなくならない、どこにも行かない。

寂しがり屋なこの娘は、必ず帰って来てくれるだろう。

この本丸に。

だからもう「行ってきます」を怖がって、逃げなくても良いんだと心の内で自分に言い聞かせていた。

離れて怖いのは、1人だけじゃない。

一度置いて行かれたからこそ、待つのが酷く寂しいことを、怖くて怖くて仕方が無いことを、清光は誰よりも知っていた。
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