□おひさま紙風船
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※一部、オリキャラ(のようなもの)が一人歩きしている文があります。ご注意ください。








大広間で全員仲良く夕飯を食べていたところ、1枚の紙で作られた鳥があびの方まで飛んできた。

予想しなくてもだいたい差出人が誰かは手に取るように分かったので、彼方此方から溜め息を吐く音が聞こえる。

まぁ、間違いなく、

「うえしゃん?」

こんな技が出来るのは、あの上司しかいない。

あびの前で止まった紙は、果たしてどうやっているのか、ぱくぱく嘴らしい箇所が動き始める。

「まいくてーすまいくてーす、あ〜、聞こえる?ひーなー、ちょっとお喋りしてみて」

「きこえるー」

「おー良かった」

左の翼をばっと上げた鳥型の紙は、

「御免ねぇ、今此方側の鏡修理中でね、雛に急ぎの用があってこんな感じの新しいスタイルで通信してみたよ!どう?楽しい?」

と言う。

久しぶりにあびの隣で夕餉が食べれると言うのに、当の主の注意が紙に注がれているのが気に入らない小狐丸が、

「ぬし様ぬし様、式神なんぞ珍しくもましてや新しくもないですよ」

そう悪態を付けば、

「老いぼれは黙ってようか。伝説だかなんだか知らないけど、結局雛の力が無ければ存在すら出来ない付喪神風情が」

「黙れ、喰らうぞ」

「いーよいーよ喰らえばいーさ。その代わりこの紙経由して腹ん中から呪いかけるけどね」

水面下の戦いが始まってしまった。

「良いぞもっとやれ小狐丸」勢が大半で、残りの一応上の人だし逆らわないでさっさとお帰り頂きたい面々が止めようとした中、渦中の中心に挟まれた小さいのが口を開く。

「こぎつねちゃんだめっ!いーこする!」

「ですがぬし様、」

「いーこしたら、あとでなでなでしてあげるよ」

「承知致しましたぬし様!この小狐丸「いーこ」になりましょう」

牙剥き出し一歩手前ぐらいの空気を出していた小狐丸だが、あびの「撫でる」と言う提案で一気にでれっとした笑顔に変わる。

次に鳥型の紙に向かったあびは、

「うえしゃんもめっ!みんなとなかよくする!」

と、一応自分の上司である存在を堂々と叱る。

それにヘソを曲げるかと思いきや、

「えぇぇぇ、雛とだけじゃ駄目なの?」

「いぢわるうえしゃんきらい」

「雛に嫌われるのは嫌だから言うこと聞こっかな」

割と単純にあびの言うことを聞いてしまったから、この少女侮れない。

「お前ら二人共あびのこと好き過ぎるだろ」と、二人に負けず劣らずあびのこととなると目の色が変わる集団が見ていれば、鳥型の紙が今度は両の翼を広げる。

「まぁいーや、これ結構しんどいから早く終わらせたいし要件言うね」

いつの間にか箸をきちんと箸置きに置いていたあびがふんふんと頷けば、紙の鳥が1度回った後、

「雛、学校行こっか」

と、本丸中吹き飛ばしてもまだ足りない程威力のある爆弾を投下した。



偶に、本当にごく稀に外に出れた時、赤色の鞄を背負った子供達がすれ違うのを、羨ましいと思っていた。

本当は、帽子を被って斜め掛けの鞄を掛けて、幼稚園かはたまた保育園の先生に朝の挨拶をして、それから自分の組へ行く。

年長さん同士で、小学校に行ったら何をしたいとか、そう言うのを話すのが憧れだった。

だけどそれは、前の話。

誰かの傍に居たくて、誰かに傍に居て欲しくて、寂しくて泣いていた一人ぼっちの自分の夢で、今はそんな夢を見なくても誰も自分を一人にはしないのだから。

「あび」

名を呼ばれて振り返る。

障子の開いた先に太郎太刀が立っていて、ほっとした。

「もうそろそろ湯浴みの時刻です。今日は確か一期さんと乱さんと、」

「たろちゃん」

下を向いたまま太郎太刀を呼べば、

「小学校、でしたか。如何したいのか迷っているのでしょう」

太郎太刀が座る衣擦れの音がする。

今回は「行く?」ではなく「行こっか」だった。

どんなに良くされても、優しくされても上さんは上司。

つまりそれは、あびが刀剣達にする「主命」と同じ様なもの。

「…………たろちゃん、くる?」

「学び舎にですか?」

「たろちゃんいっしょならいく」

人は怖いけれど、その恐怖をきちんと分かってくれる存在が入れば、少なくとも心に余裕が出来るから、そういった思いと、単純に太郎太刀から離れたくないあびが提案してみたが、

「無理、ですね。我等は刀が刀として扱われていた時代にしか飛べぬ様で、あびの時代の我等は、飾られてただ鑑賞されるが為に有るそうなのだと、」

「そう言われてしまいました」と、少し困った様な声がした。

「きいたの?」

「私とて、あびから離れたくは無いのですよ。共に行けるのなら行っています」

ぽむぽむと大きな手が優しく撫でてきて、膝の上に置いた掌をぎゅっと握る。

「……………………いってきますしたら、」

「はい」

「いってらっしゃいしてくれる?」

「ええ」

上目遣いでそう聞けば、薄く笑った太郎太刀が頷いた。

「ただいましたらおかえりしてくれる?」

「幾らでも」

「じゃあ、ぎゅーは?」

「しましょう」

「なでなでは?」

「良いですよ」

「今しても良いんですよ」と広げられた腕にゆっくり近付けば、いつも通り優しく抱き締められる。

その胸にしがみつくのは、何度目だろう。

撫でられる手に安心するのは、何度目だろう。

「まだ春の話ですから、焦る事はありません」

「うん」

「共にゆっくり考えましょうか」

「うん」

例えば自分が何処か遠く、或いは手の届かない場所に行ってしまったとしても、何時だってただいまを言う準備をしていてくれたのなら、どんな事をしても帰ろうと、そう決めた。

池の氷はまだ張ったばかり。

花が咲くにはまだ時間がある。

障子の向こう側で、風呂場に来るのが遅いあびを迎えに来た一期一振と乱藤四郎が、互いに顔を合わせて内緒話のポーズを取った。

不安はいつも傍に居る存在に、逃してもらうのが一番良い。



余談。

もっしゃもっしゃと頬を膨らませて咀嚼を繰り返す小狐丸に、

「何食べているんだい?」

と光忠が聞けば、その口の中の物を飲み込んだ小狐丸は、

「鳥をな、喰っておった」

と、物凄いドヤ顔でそう言った。

「鳥って、まさか?!」

「そのまさかだ。よく考えたのだがな、呪われようが何だろうが、この小狐丸から愛しいぬし様を拐かそうとする奴めの匂いがするものなど残しておいてたまるか!」

「故に、喰った」と笑う小狐丸に、

「はは……お腹痛くなったら言ってね」

と、背後にハサミを隠した光忠は苦笑いを返す。

まさか既に用が済んで動かなくなった紙の鳥を、切り刻むだけ切り刻んでやろうと用意して来てみれば、標的が既に仲間の腹の中にあったとは。
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