□おひさま紙風船
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「……ぁ〜……ぅ〜……なぁ……」

「なんだぁ?」

内番の畑仕事の手を止めた愛染国俊は、畑の少し向こう、庭からあびの歌う声が聞こえて、興味本位で近付いてみた。

殆ど機嫌の良いことが多いが、今日は殊更楽しいことがあったらしい。

なんせ、歌を歌うほどなのだからと進んでみれば、距離が縮まるにつれあびが歌う歌の歌詞がよく聞こえてくる。

「やぁ〜きゅ〜ぅ〜するなぁ〜ら〜こ〜ゆ〜ぐゎいにししゃしゃんしゃん。あうと!!せーふ!!よよいのよい!!ほ、きゃあ〜おててちゃんのまけ〜あびのかち〜」

「おっと、やれやれまた負けちまったかぁ。あびは凄いな」

「わーい」

別段身なりが大きいが故に、目立って見えるあびの相手をしているのは御手杵。

頭をわしわしと掻きつつ、「参ったなぁ」と笑い、あびはあびで嬉しそうに笑っている光景は微笑ましい以外何物でもないのだが、一つだけ問題があった。

「なっっんで、」

「あれ、あいちゃん?」

「野球挙なんかやってんだよっっ?!」

御手杵とあびがキャッキャウフフ楽しげに、声高らかに遊んでいた遊びは、どこからどう見ても「野球挙」。

あびが舌っ足らずで歌っていた歌は野球挙の歌そのものだし、恐らく愛染が来る前に負けたのか、片方だけ素足の、近くに脱げた靴下が放ってあった。

これ、見付かったら光忠にめちゃくちゃ怒られるパターンのやつだ、と察したりしなかったり。

御手杵も御手杵で、今の勝負で上の服を脱いだせいか、もう既に半裸状態である。

日が差しているとはいえ、真冬の庭で何やってるんだこの2人。

「あーやっぱり野球挙だったか。俺が負けといて正解だったみたいだな」

「野球挙だったって、御手杵が教えたんじゃねぇのか?」

野球挙などあびが知っている訳もなく、疑問に首を傾げれば、にこにこ笑顔のあびが答えてくれる。

「おててちゃんちがうよーあびがやろゆった」

「まじか……」

どうして知ってるんだ野球挙を。

あれ遊びは遊びでも、破廉恥な遊びに分類されるからまずあびの耳には入りそうもないのに。

更に謎が増え、つい眉間に皺が寄ってしまえば、その謎についても律儀にあびが教えてくれた。

「あかしがおしえてくれたやきゅーけん」

「アイツか!!!!」

鶴丸筆頭に、いらんことをあびに教える悪い大きいお兄さん代表、明石国行その刀の、ヘラヘラした笑い顔が妙に鮮明に思い浮かぶ。

あびは年齢故か、基本誰の言うことも疑わないし信じるし、時には大々的に真似をする。

その裏で胃痛に悩む刀が居ようが本人悪気が一切ないから救いがない。

後で治したり止めさせたりするのが大変なんだと、涙混じりにかっこよくなりたい刀が言っていた時は、本丸の保護者チームがえらい同情していたのをよく覚えている。

ちなみにいくらのほほんとしていても、いくら少しばかり鈍感であっても、何かを感じ取ったのかあびは、明石国行が来た初っ端から彼のことを、

「あかし」

と呼び捨てにしていた。

一切「さん」を付ける素振りを見せなかった。

普段ならもっとオドオド申し訳なさそうに呼び捨てにするあびが、あの時だけは迷いがなかったから、後で不本意ながら明石のことをよく知っている蛍丸と愛染で、大笑いしたのも記憶している。

ちびっ子にすら初見で「駄目」だと判断されてしまうのだから、最早素晴らしい。

その明石が、あびに野球挙を教えたのだから、これは説教しても構わない物件だと思う。

そんな愛染の心中を知ってか知らずか、あびと同様にのほほんスイッチが入っている御手杵は、

「やっぱなぁ、俺が脱ぐぶんには全然構わねぇけどよぉ、あびが脱いで風邪引いちまったら可哀想だもんなぁ」

「あび、おかぜひかないよ?」

「そうだけど、どうしたって心配はしちまうんだ。あびは俺の主君だからな」

この間風邪を引いて寝込んだことを棚に上げ、へらっと「自分は風邪を引かない」と言い切ったあびに対し、その意見を否定せずにサラリと「心配する」旨を伝えた御手杵。

場所が場所なら天然タラシになりかねない。

「まぁ、その、あれだ。2人とも庭より部屋の中で遊んだ方が良いんじゃねぇか?」

わざわざ寒空の下で遊ばなくても、と、野球挙で負けたが故に半裸になっていた御手杵に服を渡せば、

「中だと俺みたいのはどうにも図体が邪魔をして、あびと満足に遊んでやれなくてな」

参ったなぁと困ったように頭を掻く御手杵を、ちょいちょいと突っついたあびは、

「あび、おててちゃんおはなししてくれるだけでもうれしーよ」

心底嬉しそうにそう言うから、こちらも天然タラシ候補だ。

「お、そうか?……そうか。んじゃ、中行くか」

「いく!!」

困った顔から一転して、こそばゆいようなむず痒いような、困り笑顔になった御手杵がもそもそと衣服を着れば、あびが無言で抱っこしろアピールをした。

それに答えてあびを軽々と抱き上げるのは、短刀である愛染にはなかなか出来ない事である。

けれど例え首が痛くなる程上に居ても、きちんと下を見ているのがあび。

「あ、ね、あいちゃんおしごと?」

御手杵に抱えられた上の方から、自分へと声が掛かる。

「いや、そろそろ終いにしようかと思ってたところだぜ」

「じゃあ、あいちゃんもあそぼ。おててちゃんいい?」

「おお、いい提案だな」

へらっと笑うあびに、へらっと笑い返す御手杵。

こう言うのはなんと言ったか。

たぶん、

「類は友を呼ぶ、か?」

正確には完全に当てはまらないどころか、むしろ「飼い主に似る」の方がしっくりくるのだが、ともかく、あびの周りにはいつも、あびと同じくらい暖かい奴等がごろごろ居るのだ。

戦う為に必要とされる自分達が、つい戦いすら二の次で、ひたらすら早く早くと帰りたくなってしまうほどには。

「さて、中で何すっかぁ?」

「やきゅーけん!!」

「それは止めろ!!!!」

しかしどんな状況でも超えられない戦いはそこにあるので、後で明石をしめてやろうと、とりあえず保護者達に告げ口の準備をする愛染だった。
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