□おひさま紙風船
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「……だか……や…り……」

ひそひそ聞こえる声に、ゆっくり目を開ける。

霞んだ視界に見える二つの顔が、どんな表情をしているかまでは分からなかったが、少なくとも、病で倒れた自分のことを心配していないのだけは分かった。

「やっぱり出来損ないだから、」

「これだから失敗作は」

[出来損ない]も[失敗作]も、悪い言葉だという事は理解している。

きっと今、苦しいと伝えても、邪険にされて終わってしまうだろう。

それでも弱っている時くらい、何でもいいから優しくしてほしかった。

頭を撫でるだけでもいい。

それがダメなら、そこに居てくれるだけでいい。

けれど、仕事だなんだと呟いた二人は、両親は、行ってしまう。

「待って、行かないで」と引き止めようにも、傷んだ喉が音を発してくれない。

嫌だと首を振っても無駄で、追いかけようと身体を起こそうとして、

「はっ、」

急に景色が鮮明になった。

最近、見慣れた天井にほっとする。

一つ息を吐いて部屋を見回せば、

そこには自分以外、誰も居なかった。



つるんとした輝きの洋菓子が、左右に揺れながら皿の上に乗っている。

それを両手で持つ大倶利伽羅に、光忠は、

「ゼリー?」

「嗚呼、これなら食えるかと思って」

「確かにあびちゃん甘い物好きだけど、まだお粥食べてないし…………」

どうしようと悩むが、割とすぐに結論は出た。

「まぁ良いかゼリーだしね。あびちゃんが食べたいって言ったら食べさせてあげて」

「分かった」

皿に盛ったゼリーは驚くほどよく動くから、細心の注意を払いつつ、あびの部屋へと向かう。

少し歩いていれば、何だろうか、唸り声と言うよりも、

「泣き声か?」

誰かが泣いている。

それはよく聞きなれた主のもので、いま向かっている部屋から聞こえていた。

「あび!!」

慌てて障子を開けば、そのすぐ下にぼろぼろ涙を零したあびが居る。

「くりちゃぁ〜……」

よたよたと自分の足にしがみついたあび。

「どうした?」

何か起きたのか聞こうと、一先ず部屋の中に入りゼリーを置いた。

その間もあびは大倶利伽羅の足にしがみついたままだったが。

「あび、どうして泣いている?」

あびを抱えあげれば、きゅっと抱きついてきた。

「やぁ〜……」

「何がだ?」

「ひとりぽっち、なるの、やだ」

止まらない水滴が、後から後からあびの頬を伝う。

「やだ、いや、やだ」

首を振ってそう必死に訴えるあびに、

「安心しろ。もう一人にはしない」

「ひとりやだ」

「分かっている」

「泣くな」と頬に流れた雫を拭った。

心と体は繋がっているらしい。

身体が弱っているせいか、いつも以上に泣き虫になってしまったあびが、独りは嫌だと泣くのなら、

「安心しろ……」

それを叶えてやるのも、この主人の刀の役目だ。



いつの間にかまた、眠ってしまったらしい。

今度は夢を見なかったけれど、瞼を開けるのが怖くて、だけど恐る恐る開けてみれば、

「……………きよちゃん?」

「ん?あ、起きた」

あびのすぐ近くの壁に寄りかかって、何かの本を読んでいた清光が居た。

「熱は?お粥食べられんの?食べられんなら持ってきてもらうけど、」

「どして……?」

「何か食べなきゃ薬飲めないじゃん」

「ちがう、なんできよちゃん、」

「ここにいるの?」のと問おうとすれば、聞く前に答えが返ってくる。

「アイツ、大倶利伽羅から聞いた」

「?」

「独りは嫌なんでしょ。いまみんな自分の仕事早く終わらせようって躍起になってるから、少し時間がかかるだろうけど、すぐ全員集まる」

ぱたんと本を閉じて、あびの方にやって来た清光。

「それまで俺だけだけど我慢して。出陣した奴らも遠征の奴らも、急いで帰ってくるらしいから」

何か言おうと口を開いたが、ドタバタと激しい足音が響く。

「ほら、噂をすれば」

「あびや!!あびやぁぁぁあああ!!!!」

スパンと開いた障子の向こう、息を切らした、

「じぃじ?」

「あび!!じーじだ!!じーじが帰ってきたぞ!!!!」

三日月が駆け寄ってきた。

「寂しかったな、すまないな。俺はもう今日は何処にも行かぬから、」

見るからに泣きそうな三日月に戸惑いながらも「いい子いい子」しようと手を上げれば、

「ちょっとちょっと三日月さんだけ狡いんじゃないの?」

「じろちゃん?」

「おう!あび、ただいま」

開け放たれた障子に寄りかかった次郎太刀がピースサインをする。

それを区切りにわらわらと集まり始めた一同に、ただただキョトンとするしかないあび。

そんな惚け顔のあびに、

「ほら、みんな来たでしょ?」

ニヤッと笑って言った清光に、「うん」と頷いた。

此処では、独りを心配しなくていいのだと、自分を見つめる目を見て思う。

お粥だ薬だ何だと、物凄く甲斐甲斐しく看病されたお陰か、翌朝にはあびの熱はすっかり引いていた。
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