□おひさま紙風船
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「あび、朝ですよ」

毎度のことながら、朝の極端に弱いあびを起こしに行けば、起きてこそいないものの、今日はキチンと布団の中に収まっていた。

いつもはだいたい障子まで辿り着いていなくても、布団から這い出ているパターンが多いのだが。

珍しいこともあるものだ。

と、小さい肩をポンポンと叩けば、返ってくるのは、

「ぅ〜……」

と言う呻き声。

「あび、起きてください」

「……む〜…………」

なんとか両の手で、うつ伏せのまま上半身をあげ情けないシャチホコのポーズを取るが、

「ぅぇっっ……」

即座に力尽きてまた枕へと頭を戻してしまった。

何かがおかしい。

微妙にだが、いつものあびじゃない。

「あび、少し失礼します」

呻くだけのあびの首筋に手を当ててみれば、感じた違和感の答えが分かった。

手を当てた際に合った目が、うるうるうるうる潤んでいるし、頬もいつもより赤い。

普段からぼけーっとすることはあっても、なんと言うか、ここまでぽーっとした恋する乙女みたいな表情はしないし、何より、子供は体温が高いと言うが、

「熱い」

ここまで高いのは異常だった。



「熱?」

「あびちゃんが?!」と言う光忠の問い掛けに、頷く太郎太刀。

朝の厨房にて、今日の朝ご飯係のためか割烹着姿の右手におたま左手に鍋の蓋と言うあからさまな田舎の主婦スタイルの光忠は、大袈裟なまでに驚いていたが、対する太郎太刀は至って平常心。

流石にあびが熱を出したくらいでは動揺しなかった。

「其れで、一先ずあびを手入れ部屋の方に」

「へ?」

と、言うのは大きな間違いで、

「一応私も奉納されてはいますが、果たして私があびと同じ様に手入れをしたところで効果があるのか否か」

「待って待って待って待って!」

物凄い真面目にそう言う太郎太刀に、光忠から制止の声がかかる。

「なんでしょう?」

「え、分かってると思うけどあびちゃんは人だよ?あの子は人間だよ太郎くん」

「存じておりますが」

なんでそんな分かりきったことを改まって言うのだと、言葉にされなくても優に察せられそうな顔をされた。

「そりゃ僕達が怪我したり体調崩したりした時には手入れ部屋であってるけど、あびちゃんにはあびちゃん用の手入れの仕方って言うか、その、看病の仕方がね、」

「そう、なのですか?」

「ごめんね気付いてあげられなくて。太郎くん割とパニック起こしてたんだね」

思わず目元を片手で押さえてしまった。

いつも通りの無表情だったので分からなかったが、予想外に動揺していたらしい。

本当分かりにくいなこの刀。

同じ表情筋枯竭組でも、大倶利伽羅の方が百歩譲らなくても分かりやすいよ。

と、突っ込んだところで意味が無い。

「とりあえず太郎くんはあびちゃんを手入れ部屋から元の部屋に戻してあげて。後でお粥と薬持って行くから、それまでに僕が今から言う手順通りに、」

苦笑しつつも、恐らく知らないであろう看病の手順を、1から丁寧に伝授した。



濡れタオルを額に乗せてやり、氷枕を頭の下に敷いてやれば、幾分あびの表情が和らぐ。

起きてはいるものの、ぼーっとしているあび。

「たろちゃん?」

イマイチ何処を見ているのか分からなかったあびの視線が自分に向いた。

「きょー、だれ、いく?」

「はい?」

辿々しく問われた疑問に、何のことだと聞き返せば、言葉が続く。

「いってらっしゃいしないとね、あとね、いろいろね、やんなきゃね、だめなの」

「出陣のことですか?」

「ちゃんと、できないと、あび、また……」

「今は余計なことを考えなくていいのですよ。あびはあびのことだけを考えなさい」

「でも、」

額に乗せた濡れタオルが落ちない様に優しく頭を撫でれば、不安気な表情が少しだけほっとする。

「…………たろちゃんは?」

「何がですか?」

「しゅつじん」

「本日は、何も」

「………………そう」

返答の声が小さく消えていったのが気になりあびを見れば、目を閉じて眠ってしまっている。

少し汗ばんだ前髪を人差し指で掻き分けていれば、

「あ、あびちゃん寝ちゃった?」

1人用の土鍋と薬等が乗ったお盆を持つ光忠が来た。

「ええ」

「薬飲ませたかったけど起こすの可哀想だし、また後で作り直そうか」

「そのようにしていただけると」

前髪に触れていた指を離し、一瞬軽く溜め息を吐いた太郎太刀と、

「少しは冷静になった?」

「…………ええ」

それを眺める光忠だった。




後半、続。
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