□おひさま紙風船
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ずっと、草葉の陰で、永久に隠れていられることも、出来たはずなのに。

それが出来なかったのは、どうしてなんだろう。



パカっと口を開けたまま固まってしまったあびに、目の前の新参者は、何をするでもなくつっ立っていた。

両者共に、本当にピクリとも動かない。

「…………あび?」

見兼ねた太郎太刀がその背をトントンと叩いても、

「………」

「………」

微動だにしないあびに、なんとなく気まずい空気が辺りを覆った。

「ほら〜だから言ったじゃん!急に連れて行ったら主様びっくりしちゃうよって!」

片頬を膨らませた乱藤四郎が、べしべしと叩くのは鳴狐の背中。

今回の一軍の大将を任され、出陣したは良いものの、その行き先で思わぬ拾い物をしてしまった。

「いや、ですが、ですが、あびどのはわたくしめが言葉を発しても驚かなかった故に、」

今回も大丈夫だろうとタカを括って連れて来てしまったのだが、どうやらちょっとばかし形容範囲外だったらしい。

白く長いふわふわの髪のてっぺんに、毛並みの良い獣耳が二つ、ピョコンと生えていた。

先程からあびはその耳を凝視して固まっているから、それが原因なのは間違いない。

例え刀が人になろうとも(「少し固まっておりましたよ」太郎太刀談)、

例えどう見ても狐が人の言葉を話していようとも(「むしろ面白がって真似しておられました」鳴狐のお供の狐談)、

その他、どんなことにも対して驚かずすんなり受け入れてしまったあびが、けれど、狐耳生やした白髪の大男だけは、何か引っかかるらしかった。

「此処の主は、其方ですかな」

「……………うん」

件の狐耳が唐突に口を開き、その答えにとあびが頷く。

「私は、小狐丸と申します」

「こ?」

全然小さくないじゃないか、と言う視線をビシバシと受けつつも、差して興味が無いのか全く動じない狐耳、基、小狐丸は、けれどあびが小首を傾げた時にだけ、僅かな動揺を見せた。

「大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でもありません。私が小!大きいけれど!」

「ほんとだねぇ、おっきーねぇ」

若干慌てた様にそう続けた小狐丸に、ようやっといつものあびが戻ってくる。

くふくふと口元に手を当てて笑ったあと、気を取り直した様に澄まし顔になりつつ、口角は柔く上へ上がったまま、

「あびはね、あびっていうの」

「あび」と口を己の名の字に開けて、ちょいちょいと自分を指さした。

「こぎちゃん……んー、よみにくい……んーこぎつねちゃん???」

「はい」

「どしてここきたの?まいごなった?」

へらっと笑うあびに少し考えてから、小狐丸が言葉を紡ぐ。

「匂いに、」

「におい?」

「匂いにつられて、」



長いこと存在していれば、幾度も、それこそ数え切れないほど、血生臭い戦いを見たくなくても見てしまう。

人間の善悪両方を理解するのに、そう何度も機会は必要無くて、割とすぐに切り捨てた気がした。

けれどそれでも自分は神の刀。

昔々、神の使いの小狐が自分を打ったらしい。

どう言う事かと問われれば、詰まる所、どんなに切り捨てても人そのものが恋しいと言う気持ちは捨て切れなかったのだ。

それだけと言われればそれで終わってしまうが、なんとなく誰かの近くに居たいと思い、だけど巡り合わせが悪いのか、自分に合いそうな自分が気にいる者が見付からない。

そんな時に、血生臭い戦場で、何故か陽の匂いを感じた。

例えるなら太陽の光をいっぱいに浴びて育つ花。

其の場にそぐわない純粋無垢な気配。

よく観察してみれば、その気は、不思議な事に戦闘を繰り返す集団全員から感じ、それと同じ様に全員から感じられなかった。

「(遣いか)」

自分も似た様な者だった故に、彼らが呼び出されてこの世にいる事が分かる。

この陽だまりの様な持ち主に、彼らは望まれているのだと、そう思えば、どうしてか無性にその輪の中に入ってみたくなった。

どうしても、この気の持ち主に会ってみたくなってしまう。

だから、

「すみませぬ、」

集団の中の、自分に似た気配を纏う者に話しかけてみることにした。



「で、あーだこーだ言ってるうちに着いて来ちゃったの」

片頬を膨らませた乱がだいたいの説明をしたことで、理由が分かる。

拾って連れ帰ることについては、ちょいちょいあるので別にあびがびっくりすることは無いだろうが、今回は獣耳が生えていたから、きっと乱が配慮しようとしたのだろう。

「あびが獣耳に驚くとは予想していませんでしたが、」

ぼそっと太郎太刀が言うと、何故か横からあびに突っつかれ、手招きされた。

要は、

「屈めと?」

「うん」

既に座っている状態でも、立っているあびが太郎太刀に届くわけもなく、あびの指示通りに身体を傾ければ、耳元に近寄ってくる。

「あのね、」

「はい」

「あれ、もふもふ、さわってもいーかなぁ?」

「はい???」

何か目の前の小狐丸に聞かせたく無いことがあって、内緒話の体で話されたのだと思えば、至極どうでもいいことを、まるで深刻なことのように話すあび。

「え、あれに驚いていたのでは無いのですか?」

「びっくり?どして???」

コテンと首を傾げてしまったあびに、はぁ、と溜め息をついた。

「もふもふいーなぁ、さわりたいなぁ」

キラキラした目で小狐丸(の耳)を眺めるあびに、そういえば初めからこんな感じの顔をしていたかもしれないぞ、と数分前の自分を疑う。

獣耳に固まっていたのではなく、獣耳を触りたいが触らせてくれるか分からなかったので固まっていたらしいあびは、つくづく考えると身体の動きが止まるようだった。

「ま、まぁ、触らせてくれると思いますよ」

見た所この小狐丸、あびに対して負の感情を持っているわけでも無さそうだし、むしろどちらかといえば好意的ですらある。

「お願いしてみれば如何ですか?」と提案してみれば、元気のいい返事が返ってきた。

そのままテコテコと小狐丸に近付くあび。

「え?なに、どう言うこと???」

その光景をイマイチよく分かっていない乱に、

「新たな刀が参陣するようですよ」

と、溜め息まじりに返す太郎太刀であった。
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