□おひさま紙風船
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夏の香りもそこそこに、そろそろ秋がやってきそうな季節。

それでも昼時の太陽は強いもので、いまだ帽子とタオル無しには、倒れてしまいそうだった。

「あ、さよちゃんみて、みみず!」

ほれほれと指を指す先にはうにょんと蠢く物体。

割と虫系が平気らしいあびは、ミミズが出ようと出なかろうとお構い無しに、スコップ片手に畑の土を弄くり回していた。

さよちゃんこと小夜左文字が、今日の内番の仕事をしようと畑に出てみれば、暇だったのか、それとも単に普通に遊ぶことに飽きてしまったのか、

「あびもやるー!」

と、縁側から素足で飛び出して来たのは少し前。

その後速攻で光忠に捕まり、

「こらあびちゃん!!!!行きたいのは分かるけど、靴くらい履こう!ね?!あとそれからちゃんと水分取って帽子被って、」

と怒られながら、足を拭かれ靴を履かされ水を飲まされ帽子を被らされ、なんやかんやと世話を焼かれた後に、再び此方側へ来る頃には、振り注ぐ日差しに対して、完成された装備のあびだった。

普段ならばキチンと靴を履くのだが、恐らく縁側にサンダルが無かったのが原因故の、強行突破に掛かったのは大体分かる。

「ねぇねぇ、さよちゃんこれなにかなぁ?」

ほじほじと、あくまで畑を荒らさない程度にスコップで地面を突っつくあびは、何か見付ける度に「これは何だ」とその都度小夜に投げかけていた。

ブチブチと雑草を抜く小夜が、終始無言にも関わらず、だ。

小夜があびを決して嫌ってはいないのは何となく分かるのだが、若干歩み寄りが足りないと言うかなんと言うか。

無視をされれば半泣きになってしまうあびにしては珍しく、何も反応されなくてもケロリとしている点も気になるし、もしや、あまり仲がよろしくないのではないかと不安になる。

「少し事を起こしてみましょうか」

小夜の二番目の兄に当たる宗三左文字がそう呟いたのを耳にした光忠は、

「何もしなくても大丈夫だと思うんだけどな」

嗚呼、これまたなんか厄介な事が起きるぞと溜息を吐くのだった。



「それでは小夜、あび、頼みましたよ」

「はーい!」

大きく手を挙げ返事をするあびと、コクコク頷くだけの小夜に、籠と小さい紙を渡す。

「宗三くん、一応確認するけど何させるつもりなの?」

「ちょっとした買い物をして貰おうと思いまして。まぁ、お使いですね」

「やっぱり……」

事によっては厄介に成り得ることを、平然とやってのけてくれちゃうから、もうやだこのお気楽本丸。

「ねぇ、宗三くん。あの二人なら大丈夫だと思うよ?」

日は登っているにしろ、危ないことに越したことは無いので、なんとか止めようと頑張る。

子供二人で使いに出せば、万が一と言うこともあるだろうと指摘してみれば、何言ってんだ此奴見たいな冷めた視線の後、

「隠れて着いて行くに決まっているでしょう。僕は小夜の、燭台切はあびの監視を頼みますよ」

「僕が参加すること決定なんだね?!」

「無駄話は歩きながらしましょう。ほら、小夜とあびが行ってしまいますよ」

と投げ掛けられた視線の先には、既に裏口を開けようとしている二人の姿。

拒否権無しかと仕方なく慌てて物陰に隠れつつ、その後を追うのだった。



テクテク歩く小夜の半歩後ろで、キョロキョロ辺りを見回すあびがポテポテ着いて行く。

元々好奇心は割と旺盛な方のあび。

当然外に出れば、興味の引くものがごまんと転がっている訳で。

「さよちゃんみて!あれ、あおいかきなってる!」

ただ木に青柿がなっているだけのそれを指差し、

「ねぇ、さよちゃんとり!いまとりとんだ!!!!」

頭上の遥か上を鳥が飛び交えば「おー!」とはしゃぎ、極め付けは、

「あっ!はっぱ!!!!はっぱはえてるはっぱ!!!!」

と、何でも無いただの雑草を見て喜んでいるから、もう見てるこっちは色んな意味で気が気じゃ無い。

常日頃から目にしているであろう何気無い物で、何故かテンション上がりまくっているあびに対し、あびが指を差しても何か言っても大して興味がないのか、前だけを見ている小夜。

但し一つだけ訂正するとすれば、あびが「見て!」と言った時は、ちゃんとその指の先を見ていた。

相変わらず一言も発しないが。

後ろから見守り隊と言う名の付き纏い行為をしている宗三と光忠は、各々何かしら思うことがあるだろうが、敢えて何も呟かないことにしている。

だが恐らく双方の脳内で再生されているであろう曲は、テンポの良い歌詞付きのドレミファソラシドの曲なことだけは間違いなかった。

夏休みとか新年とかにやっているちびっこにしたら壮大な冒険記を、陰ながらサポートするあれだ。

一応本丸にテレビと言う映像を流す奇妙な箱が存在しているから、地味に現代社会のことを知っていたりする。

まぁ、方法は分からないが戦国やら江戸やらに割と自由に行き来出来るこの本丸に、現代からどうやってテレビの電波を受信しているのかは不明だった。

「これ、えっとねぇ、……………おおね?」

「大根」

「あ、だいこんだぁ!これは?ひと…………さん?」

「人参」

「おー!あ、あびこれよめる!まめ!!!!」

「豆腐」

「ありゃ」

買う物リストを眺めながら、ドヤ顔でこれ!と読むあびに、淡々と訂正した単語を続ける小夜。

「漢字で書いたの?」

「ええ」

「あびちゃん平仮名と簡単な漢字しか読めないの知ってるよね?」

小夜が読めなかったらどうするんだと思った。

それに、

「大根に人参って重いし、豆腐って、容れ物は?」

人参は未だしもたぶん大根1本そのままで売っているだろうし、豆腐にいたっては容れ物を用意して買わなくちゃいけない。

子供を使いに出すには些かハードル高くないか?

時代的に。

と思われるラインナップに、

「まぁ、小夜なら大丈夫でしょう。あと豆腐用のザルを籠の中に入れてあります」

その自信はどこから来るのか、この人も大概ブラコンだよなぁと脱力したくなる。

「と言うか、大根も人参も普通に畑で採れるよね?」

豆腐は流石に作ってないけれど。

そう指摘すれば、

「………………」

「あー、うん!偶には自家製じゃなくてもいーよね!うん!」

何だか妙に切ない視線を送られて慌てた。

忘れていたのか。

そうか。

極力余計なことは言わないように気を付けよう。

「さよちゃん、あびなにもてばいい?」

「じゃあ、…………これ」

一つ一つ店を回りながら徐々に増えていった荷物を小夜一人で持っていれば、ちょいちょいと突っつかれ自分にも持たせろと要求される。

「小夜……」

「あ、偉い小夜くん」

荷物の中でも一番軽そうな物をあびに渡した小夜に、感激する宗三と素直に感心する光忠。

「帰るよ」

「うん」

メモを確認してから、買い物は終了したのか、帰路に着く指示を出され頷くあび。

歩幅も歩くスピードも違う小夜とあびの間には、小さな空間が開いてしまい、あびの前を小夜が歩くスタイルは行きと変わらずだったが、

「ほっ、ほっ、」

一番軽くても少し大変だったのか、一生懸命歩くあびの少し先で、小夜はと言えば、定期的に立ち止まっては振り返りあびが追いつき次第また歩き出すを繰り返していた。

「ほら、ね、大丈夫だったでしょ」

「ええ」

単に話さないだけの小夜のことをあびはちゃんと理解していたようで、一人で話しかけ続けていたのも、恐らく小夜がちゃんと聞いてくれていることを知った上だったのだと、胸をなでおろす。

心配も何も、

「(小夜くんとあびちゃんよく一緒にお菓子食べてるし、第一あびちゃん、嫌われてる人に抱き着いたりする子じゃないからなぁ)」

何時だかに見た、小夜に「さーよちゃん!」と抱き着くあびと、それを払うわけでもなく、そのままあびの気が済むまで付き合ってあげている小夜を思い出せば、この二人の仲が悪いなど疑う事も出来ない。

そう言う感心があった上で「大丈夫」と放った光忠の言葉だったが、心配故にあまり伝わらなかったのだろう。

「(心配し過ぎちゃう気持ちが分からない事も無いんだけどね)」

宗三の小夜心配よりもむしろ、いつもの光忠のあび過保護度の方が阿呆みたいに大きい事を、けれど見守り隊任務中の二人は気付かなかった。
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