□おひさま紙風船
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※刀剣達が名前しか出てこない
オリキャラのようなものが一人歩きしているだけの文ですので、ご注意ください。

















トテトテと若干早歩きで、小さい足音が縁側を通り過ぎる。

本日の出陣組と遠征組を「いってらっしゃー」と、その姿が米粒になって見えなくなるまで、千切れんばかりに手を振って送り出した後、いつもは飛び付く勢いでノっている、大広間で思い思いに寛ぐ面々の「遊ぼう」コールを「あーとーでー」と振り切って、自室へと駆け込んだ。

あびが遊びの誘いを断ることなど滅多にない為に、ポカンとしている一同には、恐らく事情を知っている太郎太刀がそつなく説明してくれるだろう。

ピシャリと閉じた障子を背中に、視界にはとある家具が映った。

当初に比べ格段に、睡眠以外自室で過ごさなくなったあびの部屋には、極端に物が無い。

それこそ、布団と机とか最低限の家具のみで、子供らしい遊び道具も無かったが、それについてはそもそも玩具なんぞ無くても、自力で動くお兄さん達が、それも沢山こぞって毎日構ってくれるから無問題だった。

そんな本丸の、審神者専用部屋には、けれど一つだけ今ぐらいの年頃のあびには、まだ必要ないのではないかと思われる代物が存在する。

少し大きめの、姿見。

部屋の端に突っ立っているそれは、普段は布が被せてありその任を果たしていなかったが、今日は朝起こされた時点で、太郎太刀がその布を外してくれていた。

昨夜突然やってきたこんのすけが告げたことに間違いがなければ、そろそろ時間だと、内心ワクワクしながら鏡の前に正座をすれば、迎え合わせで此方を覗くあびの姿がユラユラと歪み始める。

横に歪んでいた鏡の中が、やがて渦を描くようにグルグル回り始め、そうして渦巻きがおさまる頃に、

「やぁ、久しいね雛。息災かな」

「うえしゃん!!!!」

鏡越しでも質の良さが分かる着流しを着た、顔の殆どを紙で隠した男が現れた。

今では珍しくなりつつあるあびのさん付け呼びで「上さん」と呼ばれたその人は、あびの一族を含む、複数の組織の一番上に君臨する、言わば[上司]のようなもので、同時に、この本丸に一番初めにあびを連れてきた人でもある。

「嗚呼、なんかその呼び方もう既に懐かしいや」

「うえしゃん?」

[上]と言う字が[うえ]と読むことを、なんとなく知っていたあびが、両親が「御上、御上」と記したその人を間違って「うえしゃん」と呼んでしまったのは、そう昔のことではない。

顔面蒼白になった両親を尻目に、何故周りの大人達が慌てふためくのか分からなかったあびがキョトンとしていれば、

「あっっっはははは!上さんっっ?!そう呼ばれるのは初めてだよ!良いね良いね、なんか殿様みたいじゃない?」

紙の後ろで冷たい雰囲気を醸し出していた男が、いきなり大笑いしだしたもんで、益々呆気に取られたのは記憶に新しかった。

今思えば、この人、スイッチ入ると次郎太刀と同じ質のテンションになると、少なからず思う。

「うえしゃん、あび、ひなじゃないよ?あびだよ?」

「うん、知ってるよ。でもねぇ、上さんが迂闊に雛とか誰かの名前呼ぶと、後々面倒くさいことになっちゃうからね」

「んー???」

「分からなくても仕方無し。それで、こうやって通信するの初めてだけど、最近はどう?まぁ、ちょいちょい見てたから知ってはいるけど、雛の口から教えてほしいな」

「さいきん?」

「うん」

最近と言われて首を傾げる。

色々有りすぎて、何を言えば良いのか分からなかったが、一つだけ、

「みんななかよし!!!!」

すぐに伝えたいのはそれだけだった。

「そっかそっか。良かったね」

「うん!!!!」

ニコニコ笑う顔が、無理に作っていないことが分かり一先ず安心する。

急なことで碌に準備もしないままに送り込んでしまったけれど、なんとかなっているらしい。

「嗚呼、そうだ。お姉さんのこと聞く?」

「ねーね?きく!!」

「って言っても、殆ど進展ないんだけどね。相変わらず素晴らしいくらい用意周到。行方知らず。ただ、」

「?」

「江戸の何処かで目撃情報があったから、其れを頼りに今江戸時代を探してる途中って感じかな」

「そっか……」

目撃情報があっただけでも吉と、喜ぶべきなのだろうが、やはり姉本人とは言い切れないから、喜ぶに喜べないのだろう。

両の人差し指を擦り合わせて、口を噤んだあびに、鏡の中から話し掛けた。

「雛は、どうするの」

「なに?」

「仮にもし、お姉さんが戻って来たとして、その後雛はどうするつもりなのかな」

「?よくわかんないからねーねきてからかんがえる」

「そう」

「うん」

どうしてそんなことを聞くのだろうと、不思議がった表情になってしまったあびを見て、紙の後ろで薄く微笑む。

「まぁ、そんなところかなぁ。此れからも定期的に通信するから、その時は其方にこんのすけ送って知らせるね」

「あ、わかった!じゃーねうえしゃん」

「はーい」

二、三度手を振ってから、鏡が元のようにあびを映した。

少しもやもやしなくもなかったが、まぁいーやと、さっき誘いを断ってしまった皆の元へ、また行きと同じようにトテトテと駆けて行く。



「いやぁ、強い子強い子。雛はお姉さんとは違った意味で一癖も二癖もある子だね」

装飾過多な丸鏡を目の前に、先程言葉を交わした少女を思い浮かべて口を開く。

「まぁ、暫くは安泰……だといいけどねぇ」

ニヤリと笑ってそう発する男に、幾ら御上とは言え、無断で通信されると後々処理が面倒なんだと、部下達の泣きの抗議が届いたのは、その少し後のことだった。
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