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□おひさま紙風船
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「じゃんけんぽん」の掛け声と共にそれぞれグーチョキパーと、決められた意味を持つ手の形をする。
「ひらちゃんおにー!」
何度目かの勝負のあと、チョキを出した平野藤四郎に向かってあびがそう言った。
その声を合図に、まるで蜘蛛の子を散らした様に、一斉に短刀達+あびが駆けて行き、対する平野は近くの柱に腕と額をくっ付けて、大きな声で1.2と数え始める。
「あれ、は?」
多少困惑した表情を浮かべる江雪左文字が、隣の一期一振に何事かと問えば、
「かくれんぼ、だそうですよ」
と、一番最後尾で去っていくあびの背中を見ながら、笑顔で返した。
◆
廊下を走っては、その都度隠れられそうな場所を覗くが、自分が考えることは他も考えるらしい。
何処も既に先客済みで、あびはどうしようとわたわた慌てた。
他に無いかと悩んでいる間にも、平野の数える声はやまないし、刻一刻と、最初に提示した100まで近付いている。
半ばパニックになりつつキョロキョロすれば、
「主?如何かしましたか?」
「はせべ!」
部屋から縁側へ向かい、へし切長谷部が顔を覗かせた。
「あのね、かくれんぼしてる」
「かくれんぼ?」
長谷部の疑問にあびが笑顔で答える。
基本あびが呼び捨てをすることは殆ど無く、専ら呼び名は「〜〜ちゃん」や「〜〜しゃん」と下に敬称を付けるのだが、何故か長谷部だけそのままダイレクトに「はせべ」呼びなのには、毒にも薬にもならない理由があった。
と言うのも元々、あびは長谷部を他と同じ様に「へしちゃん」と、独自のあだ名を付けて呼んでいたのだが、あびが「へしちゃん」と呼ぶたびに、何故か光る光る長谷部の眼光。
「主命」と判断したらしく、文句は言わないものの、呼べばその都度背後に黒オーラを漂わせながらにっこり微笑まれるものだから、幾ら何でもあびだって気が付いた。
前にできれば、「へし切」より「長谷部」で呼んでほしいと言う旨を呟いていた長谷部の言葉を、あびはさらっとスルーしていたのだが、どうやらアレさらっとスルーしちゃいけなかったみたいだぞ、と。
訂正して「はせちゃん」と呼び直したのは良いが、まだ光る目。
何が悪いのか分からないあびが「うぇ???」と半泣きで首を傾げれば、
「あのですね、主」
とポツリポツリと語られた。
要は、敬称とは敬う人に向けて使う呼び方であって、自分は敬られるほどのことをしていないし、そもそも主は主だかららしい。
心置きなく呼び捨てにしてくれと言う、説明と言う名の笑顔の脅しに、基本的にはめげない!しょげない!のあびも、流石にめげたししょげた。
そんなこんなで「初めこそオドオドとぎこちなく呼んでいたあびも、最近では当たり前に「はせべ」と呼べるようになっている。
「はせべ、はせべのおへやだれかいる?」
「いえ、私一人です」
来客の有無と言うより、誰か隠れに来なかったか?と言う意味で質問したあびに、誰も居ないと首を振った。
聞こえる平野の声を気にしつつ、おずおずとあびが、
「あびここかくれてい?」
とお願いすれば、
「それは主命ですか?」
と、真顔で帰ってくる。
正直、「主命」云々難しい言葉はよく分からないので、
「んーと、しゅめー……だとおもうよ」
適当な返事を返す事にした。
たぶん意味的に間違ってはいない。
いつも長谷部はあびのお願いを「主命とあらば」と言って聞いてくれるので、あびのお願いが「主命」ならこれは「主命」だ。
「ならば、是非に」
障子を少し開けてあびの入り込む空間を作ってくれた長谷部に、お礼を言って部屋に入る。
机の下、駄目。
タンスの下、駄目。
あそこも駄目ここも駄目と、ちょこちょこ動き回り、最終的に思い付いたのは押入れの中。
「あれ!あれんとこいきたい!」
上の段を指差して言えば、物凄く丁寧に抱き上げられ、物凄く丁寧に押入れの上の段に降ろされた。
「ここしめてね、それでね、あびがここにいるっていわないでね」
「主命とあらば」
頷いた長谷部が、また物凄く丁寧に押入れの扉を閉めれば、あびの視界は所々の隙間から差し込む光以外、全て闇に包まれる。
前に堀川に、和泉守の部屋の押し入れに入れられたことがあったが、その時も扉を開けられるまで、この差し込む光をじっと見ていた。
隠れてすぐに、外の様子が気になってそわそわし始めたが、
「あの、長谷部さん!誰か此処に来ませんでしたか?」
近くで聞こえた平野の声に、反射的に自分の口元を抑える。
「いや、誰も来ていない」
「そうですか。ありがとうございます」
平野の去っていく音を聞いたあびはほっと息をついた。
その直後、
きゅるるる〜
「あ、」
腹の虫が盛大に音を鳴らす。
お昼ご飯を食べて、もう随分時間が経っている。
今日はまだ三時のおやつを食べていないから、お腹の中で餌をよこせと言われてしまうのだろう。
平野が来た時に鳴らなくて良かったとほっとしたところで、
「あの、主。差し出がましい様ですが、」
「なぁに?」
押し入れの扉越しに長谷部の声が聞こえる。
「都合よく茶菓子があるのですが、その、」
「主命が……」とゴニョゴニョ何か言っていたが、
「おかし!」
菓子好きのあび。
その単語に反応しない訳がない。
「はせべ、ここ!だして!」
「それは、」
「しゅめー!でる!」
いい感じに主命の使い方を分かってきているあびから、「主命だから出せ」と、言われてしまっては、聞かないわけにはいかなかった。
「ひゃあ」
そっと戸を開ければ光に目を瞬かせたあび。
暫くぱちぱちと瞬きを繰り返した後、両手をぐぃっと前に出して抱っこを催促するポーズを取った。
そうすれば、また、懇切丁寧に抱き上げられ、懇切丁寧に降ろされる。
どうしてこうも細心の注意を払っているのか。
それは自分が長谷部の主人だからなのか。
聞こうとして、けれど止める。
一瞬何事かを考えていたあびは、にぃっと笑って、
「おかしなぁに?」
と聞いた。
その時点で既に、かくれんぼのことを頭の隅にやってしまったあびは、それからすぐに呆気なく平野に見付かってしまうのだった。