短編(過去作)

□晩夏、お面の表裏
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纏わりつくような熱と倦怠感を感じながら、ゆるゆると歩く部活帰り。
今日もこれでもかとしごかれ、正直家に着いたら直ぐにも寝たいところだ。
それでも学生である以上、夏休みの宿題というラスボスと闘わなければいけない。
はぁ、とため息がこぼれた。

ふと、どこからか懐かしい音が聴こえてきた。
祭特有の、笛や太鼓が軽やかに鳴っている。
そういえば、そんな時期だったか……と郷愁に浸っていると、なんとなく足が音の方へ向くのが分かった。

疲れてる。
これ以上ないくらい疲れているんだけど、ちょっと気紛れに身を任せてみようとか思った、夏の夕暮れ。





地元の小さな祭とはいえ、それなりに人は集まるようで。
狭い神社の境内は所狭しと浴衣姿で埋め尽くされ、なかなか前に進めない。
ここぞとばかりにめかし込んだ中学生なんかを見ると、毎年、夏の終わりにあるこの祭に参加するために必死で宿題をやっていたのを思い出した。
特に目的があるわけでもないし、とのんびり人波に流されていると、ふとある一組が目に留まった。
自分と同じくらいの年に見えるが、高校生が地元の祭に友達と連れ立って来るなんてめったにない。
だいたいは有名なでかい祭に行くものだと思っていたから、思わず聞き耳を立ててしまった。

「あ、ねえアレってアレだよね」
「いや全然わかんないんだけど!何の話よ?」
「えーとちょっと待って、なんだっけ……」
「あははは、あんたボケ始めてんじゃないの?」
「あーそうかも。もう年だからさぁ」
「おばあちゃん大丈夫ー?」

けらけらと他愛もない話をする彼女たちの内になんとなく聞き覚えのある声がいた気がして、ひょいと人と人の間から覗いてみる。
二人のうち一人は知らない人だったが、もう一人はどこか見覚えがある。
が、なんだろうこの違和感は……
と考えて、ふとクラスメイトの顔が浮かんだ。

すごく大人しくて、でも美人で愛想も良く、男女問わずお姫様のように扱われているクラスのマドンナ。
よく見れば、あの二人組の一人は彼女によく似ている。
というか、そのもの。
普段下ろしている髪を上げているからか、随分印象が違ったのでわからなかったのだ。

最寄り駅が同じとは知っていたが、もしかして家も結構近かったりするんだろうか。
こんなどマイナーな祭に来てるってことは、この界隈に住んでるんだろう。
とりあえず見かけたのに無視するのもよくないか、と声をかけてみようと近づいていくと、彼女もこちらに気付いたようだった。


「よっ!」
俺がここにいるのが相当予想外だったのか、彼女は目を大きく見開いた。

「か、河原くん!?どうして……」

「家近くだし、部活帰りにふらっとな」

俺が軽く服を引っ張りながら言えば、彼女はぽんと手を叩いた。

「そっか、バスケ部だったね。練習お疲れ様」

その笑顔が眩しくて、つい視線を逸らしてしまう。

「都ベスト4、だよね?すごいなぁ」

「いや、まぁ、俺は出てねぇんだけどな」

なんで知ってるんだ、と一瞬思ったが、そういえば校舎にでかでかと垂れ幕がかかっていた。
部活なり委員会なりで学校に行く機会があれば、自然に目に入るんだろう。
自分は出ていないのに、なんだか気恥ずかしかった。

「ねぇ、高校の人?」
彼女の友人は話についていけないのが不満なのか、眉間にしわを寄せていた。

「ん。同じクラスの、河原くん」

ん?やっぱり、なにか変な感じがする。

「へぇ。ってか、もしかしてアンタまたなの?」

「う゛っ‥‥」

途端に友人はニヤリと笑みを浮かべ、彼女を小突いた。

「河原くん、だっけ?この子に騙されちゃだめだよ〜」

「ち、ちょっと!騙してなんか……」

「いやいや、もう詐欺の域だよアレは」


2人の会話に今度は俺がついていけなくなり、首を傾げているとこちらに近付いて来る影があった。

「あっれ、佐々木じゃね?」

「あ!野田じゃん久しぶりー!」

「あたしもいるんだけどっ」

彼女が頬を膨らませると、彼は悪ぃ悪ぃと悪びれず笑った。
どうやら彼女たちの知り合いらしい。

あれよあれよと話は進み、「せっかくだし、中学の時の決着着けようぜ!」ということで彼と彼女の友人は射的屋に行くことになった。

盛り上がる2人に、彼女が申し訳なさそうに切り出した。

「ねぇ由美、あたしそろそろ帰らないとなんだけど」

「じゃあ帰れば?」

「「えぇ!?」」

悩む隙もなく返された言葉に、俺と彼女は揃って驚きの声を上げる。
ふと、彼女の友人と目があった。

その時の笑顔は、何故か見慣れたカントクのそれとよく似ていた。



「河原くん、送ってってあげてよ!」




 
そんな訳で、今俺と彼女は一緒に歩いている。
さっきまで度々感じていた違和感はもうなくて、彼女はいつものように静かにぼんやりと宙を見つめていた。
沈黙が痛くて、気が付いたら俺は気になっていた事を口に出していた。

「なんかさ、あの……佐々木さん?の前だといつもと印象違うな」

彼女はびくりと肩を震わせる。

「……やっぱり、わかる……よ、ね」

どこか気まずそうな口調で、彼女は語り始めた。

「私、小さい頃から人見知りがひどくて……
慣れない人の前だとすごく大人しくなっちゃうの」

そしてその大人しい性格が思いの外気に入られて"お嬢様キャラ"が定着してしまい、
訂正しようにもなんともやりづらくて今に至る、らしい。

「さっきの友達――由美は幼なじみだから、由美の前では素が出ちゃうんだ」

困ったようにへらりと笑うと、それきり彼女は黙ってしまった。

沈黙に耐えられなくなったのは、やっぱり俺の方だった。

「……確かにいつもより元気な感じはしたけど、気にする程じゃねぇと思う」

彼女はばっと顔を上げると、信じられないというように目を見開いた。
先を促されているような気がして、俺は言葉に詰まる。

「なんつーか……いつものキャラもいいけど、そっちの方が親しみやすいって感じかな」

学校での彼女はどこか高嶺の花のような雰囲気だが、今日の彼女はもっと身近な気がした。

何より、"素"の笑顔の方がいつもより何倍もきれいだ、と思った。

「そう、かな……ありがとう、嬉しい」

はにかむ彼女は余りにも輝いていて、直視できない。
思わず目を逸らした俺に、彼女は更なる爆弾を落とすのだった。

「でも、誰にも言わないでね!

2人だけの秘密ってことで!」

やっぱり気まずいし、なんて言葉は耳に入らなかった。



晩夏、お面の裏表


恋に落ちるって、こんなに簡単


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猫被り×河原

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