短編(過去作)

□逃避行
1ページ/1ページ

気が気じゃなかった。

“大将同士の一騎打ち”なんて、海軍史上例を見ないんじゃないだろうか。
歴史には詳しくないから、よく分からないけれど。
兎に角、稀に見る異常事態に、決闘が行われている間はどの部署も碌に機能しなかった。

当たり前だ。
自分達の未来だけじゃない、世界の未来を左右する戦い。
それに何より、「世界政府の最高戦力」三大将の内二人が本気でぶつかり合ったら誰が勝つのか。
海軍も海賊も革命軍も一般人も魚人も人魚もエトセトラエトセトラ、世界中が気も漫ろになっていた。

それは我らが海軍本部直属病院のスタッフも例外ではなく、私も漏れなくその一人だ。


大体、普段は「ダラけきった正義」なんてフザケた正義を冠してぐうたらと何事も興味なさげにやり過ごしていたあの人が、なんでまたサカズキ大将の元帥昇格に彼処まで抵抗したのだろうか。
別に元帥になりたい訳じゃないだろう。
彼はどちらかというと、お師匠のガープ中将と同じで、昇格せずに現状維持でお気楽にやっていきたいタイプだ。

とは言え彼なりの信念があってあのトンデモ正義を掲げているのはよく知っているし、彼とサカズキ大将の正義が相容れないモノだというのも重々承知している。
だから、仕方ないのだ。
いつかは、どうしたってあのお二人がぶつかるのは避けられなかったんだろう。

そうやって、無理矢理自分を納得させて私は器具の点検をする。
そうでもしないと体は震え、余計な事ばかり考えてしまう。


赤い赤い、液体に呑まれる青。
それは、絶望だった。


だがもしサカズキ大将が勝ったとしても、流石にあの方も人の子、命を取ることまではしないはずだ。そう願いたい。
クザン大将は勿論言うまでもなくサカズキ大将を殺さないだろう。
そして雌雄が決した時、どちらも軽い傷では済まされないのは分かりきっていた。
ならば私に、私たちに出来るのは、お二人の為に万全の態勢で備えお二人の傷を一刻も早く癒やす事だけだ。

だから、待った。
一秒すら千年に思われる時を、焦燥と不安と期待と絶望、あらゆる感情に苛まれ抑え込み封をして、いつもの顔を取り繕って。




そして、終わった。
大将青雉の敗北という結果で、動揺の10日間は幕を閉じた。

予測通り、お二人は直ぐに私たちの元へ運ばれた。
互いの能力による凍傷に火傷は勿論の事、肉弾戦によると思われる打撲に切り傷と、酷い有り様だった。


それから幾日か経つ。
正確な日付は覚えていない。
命の灯を消さぬ為に、時計やカレンダーを確認している暇はなかった。
サカズキ大将――いや、サカズキ元帥はすぐに持ち直し、既に引継ぎなど、職務に着いている。


そして、ついに今日。
クザン大将の意識が戻った。
何時も通りみたいに振る舞って、笑いながら泣いていた。
目は乾いていたが、確かに泣いていた。


大将くらいの実力者ならば、相応に生命力も強い。
一度意識が戻れば、後はとんとん拍子に回復が進む。
患者の意志次第だが、自室で安静にするならば退院しても問題はない。

クザン大将は、出て行く事を選んだ。
考えてみれば当然だ。
決闘までしたのだ、サカズキ元帥の下で働ける訳がない。
気持ちの面でも、社会的立場からも。


まだ弱々しい足取りながらも一人去ろうとする彼を、私は引き止めた。
「大将……いえ、クザンさん。」
ぴくりと止まった彼は、その目を何時もより見開いて振り返った。
「私も、連れて行ってください。」
彼が拒絶するより前に、まだ全快していないからとか主治医の責任とか。
尤もらしい理由を並べ立てて、私はただ恐れていたのだ。

私には、「徹底的な正義」の勝利が、この世の終わりに見えた。
絶望したのだ、この海軍の世界に、未来に。



「……いいよ、おいで。」
思いがけずあっさりと差し出された手に、気が付けば自分の手が重なっていた。
逃げる訳ではない。
正式に、除隊して、退職して、胸を張って出て行くのだ。


 そして――――






逃避行

(きっと彼は全部分かっているんだ)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ